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ハノイ旅★3日目

3日目はニンビンツアーをあらかじめ予約していた。
ホアルー、チャンアン、ムア洞窟を巡る。
道中ハプニングがあったため、どのツアーを予約したかの詳細は控えることとする。

集合

集合の10分ほど前にロビーに降りたら、すでにガイドが迎えに来てくれていた。わたしたち以外の参加者は皆、旧市街エリアのホテルに宿泊しているため、わたしたちはタクシーで旧市街まで向かうとのこと。ガイドはとても若く見え、その若さ故に若干の頼りなさを感じていたが、これはただの思いこみだった。

ガイドがアプリでタクシーを呼んでくれ、3人で乗り込む。予約時に川下りをチャンアンかタムコックで選べたらしい(わたしは何も気にしていなかったので知らなかった)のだが、今の時期のタムコックは田んぼの時期が終わってあまりきれいではないということを強調していた。チャンアンがいいですよ!あなたたちは正解を選んだ、ヨカッタね!というような話であった。

程なくしてタクシーは旧市街の高級ホテルに到着。ここで2人ピックアップして、更に他のホテルから向かっているリムジンバスに乗り換えるからしばらくロビーに座っていてくださいと言われる。日本でいうアパホテルくらいのランクのホテルに宿泊していた我々には高級すぎて恐縮する。ガイドはここでも、ここのバーのお酒は高いよ!1万円くらいするよ!と(わたしたちを和ませるために)悪口を言っていた。

このホテルで合流するメンバーがロビーに降りてくるよりも先にリムジンバスが到着したのでそちらに乗り込む。一緒にツアーに参加するご家族がすでに乗っていた。革張りのシート(マッサージ機能付き)、光る内装、デカいモニター(ここに何かが映ることは1度もなかったが)。
バンコクでハイエースみたいな車に詰め込まれたときとは大違いではないか!

きれいな車内にテプラが数カ所に貼ってあったので気になって翻訳してみる。


人命は何よりも大切

これが盛大なフラグになることをわたしたちはまだ知らない。

いざニンビン省へ

ツアー客全員が合流し、いざ出発!
ガイドの自己紹介が始まる。本人を特定できてしまう可能性があるので詳細は述べないが、ベトナムで大学に行った後に、日本の大学に再入学した経歴の持ち主で日本語は堪能。
そこで年齢を計算してみて気づく。童顔なだけでそんなに若くないわ。言われてみれば年齢相応の手をしている。つまり彼はベテランガイドである。

ツアー中、ベトナムがいかに成長期にあるかということを解説される。子どもたちは国力を上げるために非常に勉強をしているとも。宿題が大量に出るそうだ。賃金が低いということもあるが、いくつも仕事を掛け持ちして黙々と働いているところを見ると、未曾有の大災害が起きたときに生き残るのは日本人ではなくベトナム人であろうと思う。

そしてハプニングが

話はツアーに戻る。あなたたちは土曜日でよかった、これが金曜日だと帰省ラッシュに巻き込まれ、日曜日だとUターンラッシュに巻き込まれるとのことだ。ハノイに出稼ぎに来て週末は実家に帰るというスタイルのようだ。

「この運転手さんは若くてぼく好き。年寄の運転手さん好きじゃない。若い運転手さん、運転が上手だから目的地に早くつく、あなたたち早く帰れる」

ふうん、そうなんだ。そう思っていた矢先。

「あーーーーーっ!」

わたしの後ろの席にいたおばさまが叫んだ。次の瞬間。

ドンッ!!!

我々の乗っていたバスが、渋滞で止まっていた乗用車にぶつかった。

乗用車から運転手が降りてくる。そして冷静に凹んだボディの写真を撮影し始める。我々のドライバーが乗用車の運転手に車を路肩に寄せろと身振りで指示している。後ろの車からクラクションを浴びせられながらなんとか路肩に車を寄せ、ドライバーもバスから降りていった。ぶつけられた運転手は特に怒鳴ったりする様子もなく、冷静に写真を撮っている。ドライバーも写真を撮り始める。

「ベトナム人は冷静ですから、●●人みたいに怒鳴ったりしません。その場で修理代払う、それで終わり。日本と違って修理代も安いですから。警察は来ません」

ガイドの解説が入る。途中、ツアー会社の社長が我々を心配して何度か電話してきたが、幸い怪我はない。ガイドを見る限り、ツアーが中止になりそうな気配もない。わたしを含め、ツアー客たちは皆「これもある意味、貴重な経験だよね」と正常性バイアスがフル稼働。

警察車両は何台か見かけたが、我々の事故には目もくれず走っていく。ようやくバイクに乗った交通警察が到着したが特に何をするでもなく、時折思い出したかのように交通整理(白い棒をくるくる振り回すだけ)をしている。

そして30分くらい経っただろうか。我々のドライバーが助手席ーーガイドが半身を後部座席に向けるためにドアにもたれかかっていたーーを開けた。ガイドが転がり落ちそうになり、間一髪とどまる。我々は事故にあったどころか、ガイドまで失うところだった。ドライバーはダッシュボードから免許証を取り出し、乗用車の運転手がそれを撮影する。

「はい、もう出発できますよ。QRで送金しておしまいです。わたしたちの車は丈夫だから、ちょっと凹んだだけ。前の車は●国か●国の車だからあんなことになっちゃった。修理代はツアー会社が保険に入っているから大丈夫☺️」

一体何が大丈夫なのか。交通整理をしていた交通警察もすでに行ってしまった。そして送金が終わったのか、運転手が戻ってくる。そしてツアーが再開した。ガイドが運転手になにか言っている。

「早く着くよりも安全運転しろって言っておきました」

人命は何よりも大切(再掲)

「人命は何よりも大切」である。

休憩所、そしてホアルーへ

さて、道がなぜ渋滞していたのかを皆様に説明しておこう。前方で4台の玉突き事故が発生していたのだ。事故によって発生した渋滞で事故が起きてしまった。皆様も運転される際は十分に注意してほしい。

まもなくバスは休憩所へ。バスから降りてぶつかった部分を見ると、思ったよりも壊れていた。

休憩所にはお土産が大量に売っていた。多分、ハノイ市街で買うよりも高い。明らかに観光客向けに作られた、きれいな建物だった。刺繍の実演をしていたのは興味深かった。カフェが併設されているので、ボート漕ぎの方へのチップを準備するためにお金を崩す。塩コーヒーはなかなかイケる。

休憩所から更に走ること40,50分。一行はホアルーに到着した。ホアルーでは自転車でサイクリングをした。ガイドに、日本の自転車より乗りづらいから練習をしろと言われ、駐車場でぐるぐると回る。田舎道を自転車で走るのはなかなかに気持ちがよかった。帰りは舗装してない道路を通ったため、写真や動画を撮る余裕はなかった。

サイクリングの後はディン ティエン ホアン廟を見学。水牛の写真を撮る、無料!水牛の隣で写真を撮る、無料!水牛を撫でる、無料!水牛とチッス、無料!水牛に乗る、チップ!と説明をされる。花を身に着けたかわいい水牛がお出迎え。何人かがチップを支払い、水牛にまたがりススキを持って写真を撮っていた。

ガイドがホアルーについて説明をしてくれた。その中で、ディン・ボ・リン(ディン・ティエン・ホアン)が水牛に乗ってススキで戦ごっこをしていたとあった。ああ、だから水牛とススキなのか……ガイドよ、この話は水牛と写真を撮る前にしたほうがよいと思うぞ。

昼食

昼食はディン ティエン ホアン廟の目の前のレストランで。入口はボロかったが、中には広大な食事会場があった。平日のツアーということもあり、客はわたしたちと謎のソロインド人のみ。ここでもまたガイドが「英語混乗ツアーはほんとにうるさい!インド人さわがしい!お箸とスプーン使ってって言ってるのに手で食べる😡その国に来たらその国の食べ方に従えばいいのに」と文句を言っていた。わたしはもっともだと思ったので、極力麺をすすらないようにフォーやブンを食べようと心に誓った。

昼食はコース料理となっていた。メジャーなベトナム料理というのは大体、炭水化物が入ってくるのはなぜなのか。ヤギ肉の生春巻き風、生春巻き、揚げ春巻き、あんかけフォー……これはフードファイトだ。帰国してから体重計に乗るのが恐ろしい。ドリンクもとにかく甘いし。いや、おいしいんだけど、おいしいんだけど炭水化物が多いんだよ。

ヤギ肉の生春巻き風は、わたしが探し求めていた水で戻さないタイプの生春巻き皮ではないか!以前、日本で食べたものよりも柔らかかったので悠長に具材を乗せていたら破れてしまった。はじめて食べたヤギ肉は、カレー風味に味付けされており、ヤギ肉と言われなければヤギ肉とはわからなかった。ここに来る途中でガイドが「見て!山肌にヤギがいます!あれは飼いヤギです」と教えてくれたが、ああ、あれを食べるのか……としんみりした。

ちなみに、昼食を終えてバスに戻ると、ちょっと割れて外れかけていたボディが透明ガムテープで補強されていた。

チャンアン

昼食を食べるとチャンアンへ。タムコック組とここでしばしの別れ。タムコック組にも聞こえるように「今は大した事ない、ぜったいチャンアンのほうがよかったのに」と繰り返していた。「タムコックのボート漕ぎのおばさんはしつこい!チップチップうるさい!チャンアンはそんなことない」とも言っていた。我々はチャンアン(しつこくない方)だったが、ボートに乗る前にチップだけをポケットに入れておくように言われ、3万ドンをポケットに忍ばせておいた。

ボートは4人乗り。対してわたしたちは6人。4人家族は1艘のボートに乗り、わたしたちはガイドが見つけてきた、同じコースの外国人と同乗した。チャンアンの川下りにはコースが3種類くらいあり、同じコースで4人グループになるような交渉があちこちでされていた。

チャンアンはかなり人気な観光スポットのようで、駐車場にはスタバもあったし、チケット売り場からボート乗り場までは地下歩道も整備されていた。そして観光客の多いこと。ボートはディズニーのホーンテッドマンション並みの頻度で出発していく。ボート乗り場からしばらくはボート同士が接触しないか不安になるくらいだった。

いくつかの洞窟をくぐり抜け、ボートはガイドブックでよく見る建造物があるエリアへ。実のところ、写真を撮るとだいたい他のボートが写ってしまうくらいボートだらけだったのだが、建造物だけが写るようにうまいこと位置調整してくれた。ところどころ上陸できるところもあったのだが、わたしたちのコースはノンストップで航路を巡るものだったので上陸せず。
わたしたちはその島のことをフォトジェニック島と呼んでいたが、フォトジェニック島ではアオザイを着たベトナム人がたくさん写真を撮っていた。ボートの上で立ち上がって写真を撮る猛者もいた。

ボートは2時間かけてスタート地点へ。途中リスなんかも見かけた。自然が豊かで、喧騒のハノイから離れて穏やかな時間を過ごすことができた。ただ、2時間というのはかなり長くおしりが痛くなってしまったので、クッションを持参されることを強くオススメする。

ボート乗り場がゴールに近づくと、客を送り届けたボートは次々と片付けに回されていっていた。そうか、もう1周となると暗くなってしまう時間だ。ボート漕ぎのおばちゃんたち、お疲れ様です。我々も陸に届けてもらい、チップタイム。と思いきや、他のボートの様子を観察していると、乗客をボートから降ろしてすぐにボートを片付けに行っている様子。ボートから降りる前に渡さなければ!!と同乗していた欧米人と一緒にチップを差し出す。おばちゃんは、あらくれるの?いいのにという感じだった。こうなってくると、タムコックはどんなに強引にチップを請求してくるのかと気になる。

ムア洞窟

最後はムア洞窟へ。洞窟と言っても、メインの観光スポットは洞窟ではなく山である。ガイドは確かにハイキングと言った。しかしこれはハイキングというにはあまりに過酷であった。気温は20°Cほどしかなかったが、山に登りきったときには汗だくで、シャツがぴったりと体に張り付くくらいだった。その分、眺望は素晴らしい。だが本当に恐ろしいのは下りである。ガイドは「帰りは待ちません。先に降りますから」といって先に降りていってしまった。わたしは一段一段、ゆっくりと確かめるようにしか降りることができなかった。白人がスタスタとほぼ垂直に近い階段を降りていくのが見えた。クソ、あいつら足が長いからな……

転がり落ちたら命はないだろう。そんな500段の階段を登って降りて、わたしたちは無事に生還した。

ハノイへ戻る

ムア洞窟を出たのは16:30くらいだっただろうか、あとはバスでハノイに戻るだけだ。ハノイに戻ったら食事がツアー代金に含まれているレストランに降ろしてくれる。近くではナイトマーケットをやっていたので、寄ってみることにした。ナイトマーケットは歩行者天国になっていて、久々に原付に怯えない街歩きができた。

日本からは撤退してしまった店舗型のハーゲンダッツがあったので、寄ってみた。3スクープで注文し、味を伝える。ショーケースの前で待っていると、待てど暮らせどわたしたちのアイスがでてこない。だいぶ前に誰かが持っていったアイスがわたしたちのものだったのでは?という疑念が。店員さんが長い事そこにいるわたしたちを見かねて、どうしたの?と近寄ってきたので、レシートを見せ、まだアイスをもらっていないと伝える。すると再度フレーバーを聞かれ、すぐに作ってくれた。しかしなんかデカいな?パイントサイズのカップに、1フレーバーにつき2スクープ入れていってくれているような。もしかしたらそれが正解のサイズなのかもしれないし、待たせたお詫びに多めにしてくれたのかもしれない。完全に謎である。

Grabバイクでホテルへ

友人が長距離バイクに乗るのを渋っていたのもあり、車が入ってきづらい旧市街限定でGrabバイクを使っていたのだが、旧市街〜ホテルへタクシーを呼ぼうと何度トライしてもキャンセルされる。仕方ない、バイクを呼ぼうとわたしは長距離ライドができるとウキウキ。
そしてはじめての2kmを超えるライド。片側3車線以上ある道をスイスイ抜けてゆく。10分、15分で無事にホテルに到着。

就寝

明日は一緒に日本を出発したお姉様方と合流し、イオンモールロンビエンに行くことになっている。午後からの予定なので、友人はゆっくり寝るとのこと。わたしは早く起きられたらホテルの近所を散歩する予定。

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