税理士事務所がコックピットになる日――F-35型税理士という未来
阪神・淡路大震災の直後、携帯電話が急速に普及した。
当時、路上で一人で話しながら歩いている人を見ると、多くの人が違和感を覚えた。「独り言を言っている変な人」に見えたのである。
しかし数年後には、その光景は日常になった。
私は最近、このときとよく似た感覚を覚えている。
近い将来、私は顧問先で資料を前に、
「この請求書を確認して。」
「前年と違う点だけ教えて。」
「社会保険との整合性は?」
「抜けている資料はある?」
「この内容で月次報告を作成して。」
とAIに話しかけながら仕事をしているかもしれない。
今なら不思議な光景に見えるだろう。
しかし、携帯電話がそうだったように、数年後には誰も気にしなくなるのではないだろうか。
私は最近、「税理士事務所はF-35戦闘機のコックピットになるのではないか」と考えている。
F-35の価値は、速く飛ぶことだけではない。
レーダー、赤外線センサー、電子戦装置、他機からの情報、衛星情報など、膨大な情報を一つに統合し、「今、操縦士が見るべき情報だけ」を表示することにある。
操縦士は何百ものセンサーを個別に監視しているわけではない。
統合された状況を見て、最終判断を下している。
私は、この考え方が税理士の未来と非常によく似ていると思う。
現在の税理士は、多くの時間を「情報を集めること」に使っている。
領収書を集める。
通帳を確認する。
給与資料を集める。
会計ソフトへ入力する。
前年資料を開く。
申告書を確認する。
つまり、「情報収集」と「整理」が仕事の大半を占めている。
しかしAIが進化すると、この構造は変わる。
AIが会計データ、給与データ、銀行情報、社会保険、電子帳簿保存、過去の申告書、法改正などを自動で統合し、
「今月は資金繰りリスクが上がっています。」
「前年にはあった借入返済資料が提出されていません。」
「役員報酬変更に伴う届出の確認が必要です。」
と教えてくれる。
税理士は、一枚一枚資料を読む人ではなく、AIが整理した情報をもとに判断する人へ変わる。
ここで面白いのは、ホワイトカラーとブルーカラーの役割も変わることだ。
現場ではAI眼鏡やスマートフォンのカメラを使いながら作業する。
建設現場では施工状況をAIが確認する。
医療では画像診断をAIが補助する。
税務では資料をAIが読み取る。
一方、事務所は「書類を作る場所」ではなくなる。
複数の現場、複数の顧問先から送られてくる情報を統合し、異常を発見し、優先順位を決め、判断を返す場所になる。
まるで航空機の指揮管制室である。
私はこの姿を、「F-35型税理士」と呼びたい。
F-35は情報を集める飛行機ではない。
情報を統合し、操縦士が判断しやすいように整理する飛行機である。
税理士も同じだ。
AIが判断を代わるのではない。
AIが情報を整理し、人間が責任を持って判断する。
この役割分担こそが、AI時代の税理士の本質ではないだろうか。
そして、事務所の風景も変わる。
机いっぱいに書類が積まれている事務所ではなく、
複数のディスプレイに顧問先の状況が一覧表示され、
異常値だけがアラートとして浮かび上がる。
税理士は、その中から本当に重要な案件だけを選び、経営者と話す。
つまり、事務所そのものが「コックピット」になるのである。
AIは税理士を不要にするのではない。
むしろ、税理士の仕事を「入力」から「判断」へ押し上げる。
私は、この変化を恐れる必要はないと思う。
携帯電話が当たり前になったように、AIと会話しながら仕事をすることも、やがて当たり前になる。
そして、そのとき税理士事務所は、単なる執務室ではない。
複数の顧問先を見守り、異常を察知し、未来を判断するための「コックピット」になっているはずだ。
私は、その未来を少し楽しみにしている。
