呼ばれる名前|わたしの帰りたくなる場所
「ただいま」
その一言を上手く言えなかった時期がある。
自分の声が誰にも届かない家の中で、私は気配ばかりを読んでいた。
玄関に差し込む夕陽の中、私はいつも呼吸を整えていた。
鍵を回す音ひとつで胸の奥がざわめいた。
声をかける前から、返ってくる気配を探してしまう自分がいた。
言葉を出す前から、返ってくる反応を予想してしまう。
私の声は歓迎されないかもしれない。そんな気配ばかりを読んでいた。
怒られた記憶は少ない。
ただ、褒められた記憶もまた、見つからなかった。
父はいつも新聞の影にいて、母はいつも手を動かしていた。
近所の人には笑顔で挨拶し、学校の先生からも信頼されていた。
他人から見ればきっと「いいおうち」だったと思う。
小さくて清潔な一軒家。父は勤勉で、母はしっかり者。
周囲の誰もが羨むような整った家庭だった。
でもその中にいる私は、ずっと少しだけ、息を潜めるようにして過ごしていた。
朝、母と目が合わないように顔を伏せる癖。
夕方、父が帰ってくる音になぜか胸がざわつくこと。
手を伸ばしたことはあった。話しかけたこともあった。
返ってきたのは機械的な返事や忙しいの言葉に、料理の湯気や新聞をめくる音ばかりだった。
偶然だったのかもしれない。
でも、子どもだった私はそうは思えなかった。
私が悪かったのかもしれない。
私じゃない誰かだったら、もう少しだけ、優しくしてもらえたのかもしれない。
そうやって少しずつ、自分の声を引き算していった。
甘えたかった。褒めてほしかった。名前を呼んでほしかった。
でも「何も言わない子」になれば嫌われずに済む気がして、私は言葉をしまった。
泣かない、騒がない、期待しない。
それが、この家で過ごすための正解だった。
両親の外での顔はいつも優しかった。
だからこそ、家の中で私に向けられる無関心のような距離が、逆に本物に思えた。
あの笑顔も、外での優しさも、多分本当の姿だったのだと思う。
それを私には向けられなかっただけ。
きっと私がどこかおかしいのだと、そのことが心のどこかをずっと歪ませていた。
それでも出会いに救われてきた。
学校帰り、うまく話に入れず黙っていた私の手を、友人が何も言わずに握ってくれ「こっち」と笑って輪の中へ引っ張ってくれた。
たったそれだけのことで、ひとりじゃないと初めて思えた。
自分がそこにいてもいいと思える瞬間が確かにあった。
そんな風に少しずつ誰かと手を繋ぐことを覚え、少しずつ自分の輪郭が見えるようになっていった。
そして、大人になって出会った人がいた。
不器用でも、私の話を最後まで聞こうとしてくれる人だった。
緊張して言葉を選ぶ私に、穏やかに頷きながら「それで?」と続けてくれる。
何気ないやりとりの中で、彼は当たり前のように私の名前を呼んだ。
それだけで胸の奥に、何かあたたかいものが滲んでいくのを感じた。
顔を見て笑い、不安を口にしてもいい。
そんな存在がいて、また、私もそんな存在になることが出来る。
あの頃ずっと欲しかった安心が、ようやく手に届く場所にあると思えた。
ただ、そのぬくもりに包まれても心のどこかに残る空白を、私は埋めきれずにいた。
「帰る場所」と呼ぶにはほんの少しだけ、まだ躊躇いがあった。
時が経ち、私は母になった。
与えてもらえなかったものを、誰かに与えられるだろうか。
それが怖かった。
子どもたちは、私に『母』という名前をくれた。
言葉をうまく使えない時期でも、何度も何度も「おかあさん」と呼んだ。
その声はかつて、幼い私が求めていた声に似ていた。
ある朝、まだ眠たそうな目で幼稚園児の娘が私を見上げる。
「おかあさん、今日ね、絵本よむやつ、ある日なんだよ」
言葉が途切れがちでも、その一生懸命さが胸をあたためる。
夕方にはドアが開き靴を脱ぐ音が響く。
ランドセルを放り投げた音に合わせて、小学校から帰ってきた息子の元気いっぱいの「ただいま」が飛んでくる。
私は「おかえり」と返す。
誰に教わったわけでもない、たったひとつのやりとり。
それが、この家の日常になった。
声が届かないと思っていたあの日から、ずいぶん遠くまで来た。
かつての私は、誰の前でも「自分のための場所」を持てなかった。
けれど今は、誰かにとっての「帰る場所」でいられている。
そのことが、ただただ静かに、嬉しい。
子どもたちは私を呼ぶ。
名前ではなく、役割として。
何度も何度も「おかあさん」と呼ばれるうちに、私はその言葉に支えられていることに気が付いた。
自分が子どもだった頃、あんなふうに呼びかけ、笑って欲しかったのかもしれない。
ずっと願っていた場所に、私は今、静かに立っている。
私を呼ぶ声が、私という存在を確かにこの世界に留めてくれている。
そうやって、家族は私にとって『帰りたい』と思える場所になったのだ。
自分が自分らしくいられる、小さくてあたたかな居場所へ。
あの頃の私が欲しかったさやしさに、毎日触れられる場所へ。
家族が私を呼ぶ、その声の響く方へ。
あとがき
この作品はnoteコンテスト『#わたしの帰りたい場所』参加作品として執筆しました。
家族と過ごす日々の中で、自分という存在が少しずつ確かになっていく感覚。
過去と今が静かにつながるような、そんな『私』の輪郭を描きました。
あなたにとっての「帰りたくなる場所」は、どこですか?
この物語が、誰かの「帰る場所」をそっと照らす灯となりますように。
読んでくださり、ありがとうございました。
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