【掌編小説】嫌悪不全
「お待たせ」
「ううん、時間通りだよ」
「待たせたかなと思って。行こっか」
彼は私に笑顔を見せた。
私たちは小洒落た飲食店の前で待ち合わせをし、合流してそのまま中に入った。
彼の笑顔も、先にドアを開けてくれるような心遣いも、もう全部飽きてしまった。そう思っている私が最低なことはわかっている。彼に悪いところは一切ないのだから。
店員に席まで案内され、メニュー表を一緒に眺める。
「LINEではハンバーグがいいって言ってたよね」
「うん」
「他に食べてみたいのはある?」
「このパスタかな」
「じゃあ俺はそれにするから、少し食べなよ」
「うん。ありがとう」
食事を注文した後、しばらくいつも通りの沈黙が続いた。無理に会話を埋めない心地よさ。この沈黙を否定してしまったら、彼のいいところを否定することになる。それだけはできない。
注文した食事が届き、私たちは料理に手をつけ始めた。
「パスタ、先に取り分けとくよ」
「うん、ありがとう」
食べ始めた後の咀嚼音も気にならないし、食べ方も綺麗。彼の悪いところを探せば探すほど、良い部分が目についてしまう。
彼がパスタの皿に視線を向けながらコップに手を伸ばした時、コップが音を立てて倒れた。
「あ、ごめん。大丈夫?」
彼は慌てて席を立ち、私の目の前に移動し、服を拭いてくれた。
「あ、手も汚れてるね」
彼は左手で私の手を支えながら、右手に持っていた布巾で拭ってくれた。この手の温かさにも、もう飽きてしまった。でも、それだけで嫌いになれるわけではない。
「もう大丈夫だから。ありがとう」
「そっか。良かった」
今日、彼を悪人にしなければいけないのに。私の中の醜さだけがどんどん膨れ上がっていく。今日も私は、別れる資格を得られそうにない。
私は彼が取り分けてくれたパスタを食べ、彼に「美味しい」と伝えた。彼はいつも通り、黙ったまま笑った。
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