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【エッセイ】何かを頑張る理由ってなんだろうね。

雲一つ見えない晴天の空。ずっと見ていたい綺麗な景色。

時間が経つと、雲が流れてきて、雨が降る。季節によっては雷や雪を連れてきて、これでもかと大地に水が流れる。

人生とは空のようにいい時もあり、悪い時もある。これは当然だ。

多分、人間は晴天の空のような綺麗な景色を望んで何かを頑張る。それ自体は素晴らしくて、綺麗な感情だ。

でも、永遠にその光景を見られるわけではない。そう思うと、なぜ頑張っているのかが疑問になってくる。

いや、別にずっと晴天の空を見れていい気持ちでいられるわけではないことはわかっている。むしろ、刹那の晴天の空に救いを求め、癒されるべきだろう。

刹那的な感情や風景のために、人生をかけて何かを頑張るべきなのだろうか。

そんなに力を込めて、人生をかけて、何かをする必要もないのかもしれない。けれど、人間は何かを頑張っている時に、頑張っている理由を求める傾向にあると思う。

最初は「楽しいから」というこどもみたいな綺麗な気持ちでやれる。でも、徐々に人間の醜さが表出してきて、「誰かに認められたい」という気持ちで占拠される。これ自体は悪いことではなく、むしろ自然なことだ。でも、承認欲求が前面に出てきた時、人間は苦しみにまみれる。

その気持ちが出てきた頃から、心の空は大荒れになっていく。刹那的に晴天になり、刹那的に大雨になる。時には「頑張ってきて良かった」と思い、時には「なんで頑張ってるんだっけ」と思う。

あぁ、これが人生なのだろうなぁ。永遠に同じものはない。それと同じように人間の気持ちも移り変わっていく。

この真理をどう受け入れて、刹那の幸福をどのくらい味わえるか。それが上手く生きていくコツなのかもしれない。

それでも晴天を求める私の弱さが、愛しい。

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