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【掌編小説】潔癖配慮

 電車が揺れる。私はスマホを右手に持ち、左手で吊り革に掴まり、体勢を維持しようとした。

 身体が左右に小さく揺れるたびに、鼻に蒸れた汗の匂いが届く。私は鼻を二、三回擦った。匂いは消えない。

 私は目線をスマホから目の前に座っている人に移した。四十代くらいだろうか。何度も何度も首にかけたタオルで汗を拭っている。

 周りを見渡すと、どの人の首筋にも汗が滲んでいる。自分の首筋がふと気になり、スマホをポケットにしまって、右手で首筋に触れた。右手を目の前に持ってくると、水分が付着していた。

 電車が停車した。目の前に座っていた人が席を立ち、降車していく。私はその人が座っていた座席を手で何度か払ってから座った。座席を払った手を鼻に近づける。同時に目線を反対側の座席に移すと、向かいに座っている人と目が合った。手からは何の匂いもしないように感じる。

 私は手を膝の上に置いた。今の私は、向かいの人からどう映っていただろう。人の汗を汚がり、座席を払う人間。そんなふうには見られたくない。

 私が降車する駅名のアナウンスが電車内に流れた。その瞬間に席を立ち、自分の座っていた場所も念入りに手で払った。手を鼻の前に近づける。うっすらと汗の匂いがした気がする。

 向かいの人を見ると、ただボーッと私を見つめていた。

 電車のドアが開く音がして、私は最後にもう一度手で席を払ってから降車した。

 次々と人が降りて、乗っていく。私は電車の扉が閉まる音がするまで電車に背を向けたまま、ホームに立ち尽くした。電車が動き出した瞬間、車内に視線を向ける。

 私が座っていた席には誰も座っていない。皆、ただそこだけを避けて立っているように見えた。


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