【掌編小説】なんで今、そこまで頑張るの?
「体調、大丈夫?」
「あぁ、ありがとう」
ダークモードのパソコンの画面に微かに映る自分の顔を見つめた。おでこに貼られている冷えピタ。顔の半分を隠すマスク。それはまるで、粘着力の落ちた付箋か何かを、剥がれ落ちないように無理やり押しつけているだけの姿に似ていた。
息を吐き出すたびに、僕の視界が滲んで、また澄んでいく。メガネを外すと、視界の解像度が一気に落ちた。これなら、何度も滲むのを我慢した方がマシだ。
さっきまでキーボードを叩いていた指の動きが止まった。一度動きを止めると、今何を見て何をすべきか急にわからなくなる。無音。僕はそれが一番怖い。
「なんで今、そこまで頑張るの?」
「なんでって」
「別に明日でいいじゃん」
「その明日の保証はどこにある?」
「でも、今の君が今日頑張ったら、明日がダメになるかもしれない」
「だったら、今日がダメになるくらい今日頑張った方がいい」
「そうすると明日がダメになる可能性が高いのに?」
「だから」
「あー、はいはい。わかったよ」
狭いオフィスの隣に座っていた彼は、黙ったままオフィスを出ようとした。
「外の空気吸ってくる。移されても嫌だし」
僕は黙ったまま、左手の掌だけを彼に向けた。
ドアが閉まる音。それが僕の頭蓋の中でしばらく残響したあと、オフィスから音が消えた。
明日どうなるかわからないから、今日を削る。気づけば、その削った今日ばかりが積み上がっていた。
でも、それを続けても、パソコンを閉じ、肩の力を抜き、椅子に深く座ってコーヒーを飲むような日は一生こない。
僕は自分の左肩を撫でた。深く押そうとすると、指が先に折れる気がする。首筋をマッサージしようとしても、指の関節が逆側にしなるだけで、凝り固まった筋肉には何の振動も伝わらない。
指に残るジンジンとした痛みと熱は、嫌いじゃない。
肩と首の筋肉を、無気力で何もしていないような奴らのものと入れ替えたい。それが叶えば、僕の身体はまだ壊れずに済む。
パソコンに映っている数字の羅列を眺める。今僕の目に映っているもののおかげで、僕は生活ができている。大きく息を吐くと、視界が曇った。
波の音が聞こえるビーチ。ソファに寝転がり、アイスコーヒーを飲む。日差しが暑い中、グラスの氷をカラカラと鳴らす。
僕はパソコンを閉じ、拳を握り、机の木目を何度か叩いた。
僕の明日は、もう壊れている。

