【掌編小説】失敗接待
営業を終え、オフィスに帰ってきた。デスクに戻り、すぐにノートパソコンを開いて日報を作る。背後から声が聞こえてきて、私は振り向いた。
「ごめん、なんかパソコンがバグっちゃって。見てくれない?」
「ええ、いいですよ」
私は席を立ち、その人のデスクに移動した。パソコンの状態を見て、すぐに状況を把握する。
「これ、更新してみてください。たぶん直ると思います」
「ありがとう。本当になんでもできるね」
「いえ、そんなことはありません」
「ねぇ、苦手なことはないの?」
「あぁ。どうですかね」
「まあいいや。ありがと!」
私はその人に頭を下げて自分のデスクに戻った。日報の続きを書く。今日獲得した案件の単価と想定利益率を記載する。再度、背後から声をかけられた。
「ねぇ、直らなかったわ」
「え、本当ですか。もう一回見ます」
「いいよ。逆に君にもできないことがあって安心した」
「どういう意味でしょうか」
「君、完璧だから」
その人は私に笑顔を向けて、去っていった。その笑顔は、今まで会社の誰からも向けられたことのない柔らかさをしていた。
愛想笑い。今、あの人の笑顔を見たことで、私が今まで向けられてきた笑顔はそれだったとわかってしまった。顔から滲み出る温かさが違う。もうあの人工物みたいな冷たさには触れたくない。
私は日報の続きを書いた。案件の単価っていくらだったっけ。五十万円。いや、六十万円だったかもしれない。どちらを書けば、上司もあの人のように笑ってくれるだろうか。
この数字は間違えてはいけない。でも、もう自分が演技しようとしているのか、本当に失敗を恐れているのかがわからない。
私は案件の単価の欄に、五十万〜六十万円と記載した。
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