【掌編小説】褒め言葉の維持費
「髪、綺麗ですね」
「え、そうですか?」
鏡越しに美容師と目が合う。自分の口角が少しだけ上がっているのがわかる。私は右手で自分の髪の毛を触った。美容室以外で髪を触る時よりも、髪は柔らかく、サラサラとしている感じがする。いや、手が汗ばんでいて、いつもよりよく滑るだけかもしれない。でも、言われてみれば、確かに綺麗に見える。
「はい。とても綺麗だと思います」
「ありがとうございます」
「今日はどんな髪型にされますか?」
私はスマホをポケットから取り出し、一枚の画像を見せて「こんな感じで」と伝えた。
「かしこまりました」
美容師がカットをしてくれている間、私は自分の髪の毛をただ見つめていた。気になっていた痛んだ毛先が地面に落ちていく。これで、私はさらに綺麗になれる。
美容師が道具をしまい、二面鏡を手に持って私の背後に立った。
「こんな感じでいかがでしょう?」
私は顔を左右に振り、髪型を確認した。毛先まで綺麗にまとまっている。
「はい。大丈夫です」
「ありがとうございます。では、シャンプーとトリートメントをして整えますね。こちらへどうぞ」
美容師の案内のもと、シャンプー台に腰をかける。
シャンプーとトリートメントを終え、元の席に戻った。ドライヤーも終わり、レジに向かいながら自分の髪の毛を触った。美容師に声をかける。
「このトリートメント良さそうですね」
「あ、はい。当店では人気ですね」
「一つ欲しいです」
「かしこまりました」
私は料金を支払い、トリートメントを受け取った。
「髪、綺麗ですね」
さっき座っていた方向から声が聞こえてきて、私は顔を向けた。違う美容師が、お客さんに笑顔で語りかけている。その様子を横目で見ながら、美容室の扉を開けると、「ありがとうございましたー!」と声が聞こえてきた。
さっきチラッと見た女性の髪の毛より、私の方がきっと綺麗だ。だから、あの言葉は嘘じゃない。
私は綺麗。私は綺麗。いや、さっき買ったトリートメントで綺麗になればいい。
家に帰る途中、私は何度も髪の毛を触った。その感触は、さっきより硬く、乾いた繊維のように指に引っかかる感じがした。
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