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【書評】竹内洋『教養主義の没落』――没落のあとに、私たちは何を「知」と呼ぶのか


はじめに 教養が「懐かしい言葉」になったあとで

「教養」という言葉には、少し不思議な響きがあります。大切なもののようでいて、どこか古びている。尊重される一方で、「教養がある」「教養がない」という言い方には、時に人を値踏みするような気配もまといます。いまでは、それを人生の中心に据える人は多くないでしょう。けれど、本を読み、知らないことを知り、自分の考えを組み替えていく営みに、私たちはなお何か特別な価値を感じています。

竹内洋『教養主義の没落』が描くのは、その価値がかつてどのような社会的な力を持っていたのか、そしてなぜ力を失ったのかという歴史です。中央公論新社が本書を「大正時代の旧制高校を発祥地」とし、1970年前後まで大学の規範文化として続いた教養主義の興亡を扱う本として紹介しているように、ここでいう教養は単なる雑学や知識量ではありません。読書を通して人格をつくり、社会を見る目を養うという、一つの生き方の規範でした。

本書は「昔の学生はよく本を読んだ」という懐古にとどまりません。面白いのは、教養主義そのものを社会学の対象として眺める点です。なぜある時代には、難しい本を読むことが若者の憧れになったのか。なぜ読むべき本の序列が生まれ、それを知ることが人格や社会的価値と結びついたのか。教養を美しい理念としてだけでなく、制度や階層、欲望が交差する場所として捉え直すことで、私たちが「知」と呼んできたものの輪郭が見えてきます。

本記事の図解

第一章 教養主義という夢――読書によって人は変われるのか

本書が教養主義の重要な出発点として描くのが、大正期の旧制高校です。そこでは、大学進学のための勉強だけでなく、読書や議論を通した人格形成が学生文化の核になりました。古典や哲学、文学に触れ、自分の内面を鍛える。知識は就職や資格のための道具というより、「どのような人間になるのか」を考えるためのものとして受け止められていたのです。竹内が扱う教養主義とは、まさに古典読書を通じた人格陶冶の規範であり、それに伴う「知的であろうとする態度」まで含む文化でした。

この理想には、いま読んでも惹かれるものがあります。すぐ役に立つかどうかを問わず、長い時間をかけて本を読むこと。答えの出ない問いについて友人と語り、自分の考えを揺さぶられること。学ぶことが、何かを所有するためではなく、自分自身を変えるためにある。その感覚は、効率や成果が先に問われがちな現在から見ると新鮮に映ります。

けれども、ここで竹内の視線は止まりません。教養主義には、自己形成への願いと同時に、「知的な人間として見られたい」という欲望も入り込んでいました。難しい本を読むことは内面を深める営みであると同時に、自分がどの文化的な世界に属しているかを示すしるしにもなります。教養は人を高める理想でありながら、人と人との差を可視化する力も持っていたのです。

教養主義を単なるエリート主義として退けてしまえば、なぜこれほど多くの青年がそこに魅了されたのかを説明できません。しかし、純粋な精神文化として美化してしまえば、それが社会的な選別と結びついた側面を見落とします。人はよりよくなりたいと願う。その願いには、昨日の自分を超えたいという欲望と、誰かより高い場所へ行きたいという欲望が、ときに同居します。教養主義は、その曖昧さを抱えたまま広がっていきました。

第一章の図解

第二章 「読むべき本」は誰が決めたのか――教養を支えた文化装置

教養主義が長く力を持ったのは、学生一人ひとりが勝手に本を選んでいたからではありません。その背後には、大学、教師、知識人、雑誌、出版社といった、知の価値を支える仕組みがありました。何を古典と呼び、どの思想家を読むべきなのか。その選択は、個人の好みだけでは決まりません。

本書で象徴的な位置を占めるのが岩波書店です。岩波文庫などを通じて、学生たちは読むべき古典や思想に触れていきました。「岩波的文化」は、単に良質な本を供給したというだけではなく、何が知的に正統であるかという感覚を形づくる力を持っていました。難しい本を読むこと、その本が並ぶ棚に親しむこと自体が、知的な自己像をつくる一部になっていたのです。

ここで見えてくるのは、教養が個人の頭の中だけに存在するものではないということです。知には、それを選び、流通させ、価値づける場所があります。出版社や大学は知への入口を開く一方で、何を「読むに値するもの」とするかを決める門でもありました。

だからこそ、教養主義の歴史をたどることは、単に昔の読書文化を振り返ることではありません。それは、誰が知の価値を決め、その価値がどのように人々の生き方へ浸透していったのかを問うことでもあります。読書によって自分を変えるという夢は、社会の外側にある純粋な営みではなく、社会のなかにある権威や階層とも結びついていた。そのことを確認して初めて、やがて訪れる「没落」が、単なる読書離れではなかったことも見えてきます。

第二章の図解

第三章 大衆化する大学――教養主義を支えた社会の変化

教養主義は、ある日突然、人々から忘れられたわけではありません。それを支えていた社会の仕組みが、長い時間をかけて変わっていきました。その大きな転換のひとつが、大学教育の大衆化です。大学へ進むことがごく一部の人々に限られていた時代には、大学生であること自体が社会のなかで特別な位置を意味していました。そこで哲学や文学を読み、人生や社会について語ることは、単なる趣味ではなく、将来の社会を担う者にふさわしい振る舞いとして受け止められていたのです。

しかし、進学者が増え、大学がより広い層に開かれていくと、学生という身分の意味も少しずつ変わっていきます。大学は、知識人や官僚を生み出す特別な場所であるだけでなく、多くの若者が企業社会へ入る前に通過する場所になりました。そこで重視されるものも、人格形成としての読書や思索から、卒業や就職、専門知識の獲得へと移っていきます。これは、学生たちが急に本を読まなくなったという単純な話ではありません。むしろ、教養そのものが社会のなかで果たしていた役割が変わった、と考えるべきでしょう。

かつて難解な本を読むことには、自分の現在の位置から別の場所へ移動するための文化的な意味がありました。地方から都市へ出てきた青年が、哲学や文学の言葉を身につけることで、自分の生まれ育った世界とは異なる文化へ近づいていく。本を読み、言葉を覚え、考え方を身につけることは、自己形成であると同時に、一種の社会的な上昇でもあったのです。教養主義を支えていたのは、知への憧れだけではありません。「学ぶことによって、自分は違う場所へ行ける」という期待も、そこには確かにありました。

ところが、高度経済成長を経て生活水準が上がり、都市と地方の文化的な距離が縮まっていくと、その切実さも次第に薄れていきます。かつては限られた場所にしかなかった文化や情報が広く流通し、大学に進まなければ触れられなかった知識も、以前ほど特別なものではなくなっていきました。教養主義は知識そのものだけで成立していたのではなく、「知ることで自分は変われる」という社会的な期待によって支えられていたのです。だからこそ、その期待を支える環境が変われば、教養の意味もまた変わっていきます。

さらに、大学の大衆化は、教養がもともと抱えていた矛盾も見えやすくしました。読む本、使う言葉、知っている思想家。その違いは、知的な豊かさであると同時に、人を区別するためのしるしとしても働きます。大学がより多様な背景を持つ人々に開かれるほど、そこで共有されてきた文化が本当に誰にでも開かれていたのかが問われるようになりました。教養は人を自由にするものなのか、それとも別のかたちで人を並べるものなのか。その問いが表面に現れたとき、かつて自然なものとして受け入れられていた教養の権威も、次第に揺らぎ始めます。

第三章の図解

第四章 没落とは何だったのか――知の権威が消えていくまで

『教養主義の没落』という題名からは、何か大きな断絶が起きたような印象を受けます。しかし、本書が描く没落は、必ずしも劇的なものではありません。哲学書が読まれなくなったわけでも、文学が大学から消えたわけでもない。それでも、ある時期を境に、「教養を身につけることが、よりよい人間になることにつながる」という共通の感覚は、社会の中心からゆっくりと退いていきました。失われたのは本そのものではなく、本を読むことに与えられていた特別な意味だったのです。

ここで重要なのは、教養主義の没落を単純な「実用主義の勝利」として理解しないことです。確かに、企業社会が拡大し、就職や専門知識が重視されるにつれて、古典を読むことの直接的な価値は見えにくくなりました。しかし、それだけで教養主義が失速したわけではありません。より大きかったのは、教養が持っていた「人を高める」という権威そのものが疑われるようになったことです。

難しい本を読む人が、読まない人より深い人間である。哲学を知っている人が、知らない人より成熟している。かつては半ば当然のように受け入れられていたその序列は、大学が大衆化し、さまざまな背景を持つ人々が同じ空間に集まるほど、不自然なものとして見えるようになります。人間をよりよくするはずの知が、人を評価する基準へと変わる。自分を深めるための読書が、自分が他者とは違うことを示す記号になる。教養が持つ魅力と排他性は、最初から完全に分離できるものではありませんでした。

だからこそ、その没落をただ惜しむことはできません。教養主義が力を失ったことで、私たちは「何を読んでいるか」によって人間の価値を決める文化から、少なくとも以前よりは自由になりました。誰もが同じ古典を読み、同じ言葉で世界を語らなければならない理由もありません。知の権威が弱まったことには、確かに解放の側面があります。

けれど、その自由は別の問題を残しました。知の権威が弱まることと、知るための努力そのものが不要になることは同じではありません。何を読むべきかという規範から解放されたあと、私たちは自分とは異なる考えに出会い、時間をかけて理解し、自分の判断を疑うための場所をどこに持てばよいのでしょうか。教養主義の没落が残したのは、古い文化の終わりだけではありません。知を権威にせず、それでも知ることを手放さないためにはどうすればよいのか。その問いこそが、没落のあとに残されたものなのだと思います。

第四章の図解

第五章 没落のあとに、何を「教養」と呼ぶのか

教養主義が没落したあとにも、本は残り、大学も残り、学問も続いています。失われたのは知そのものではなく、ある種の知が人間の価値を保証するという社会的な信頼だったのでしょう。古典を読み、哲学を語ることが、そのまま人格の高さを意味するとは考えにくくなった。これは決して悪い変化ではありません。教養を持つ者が持たない者を導くという構図には、知識による序列化が入り込みやすく、その権威が揺らいだことには、知をより広く開く可能性もありました。

しかし、そこで問題は終わりません。知の権威を疑うことと、知るための努力まで否定することは、まったく別だからです。専門家も間違える。大学や出版社が選んできた「読むべき本」も絶対ではない。だからこそ私たちは権威を批判することができます。ただ、その批判が「専門的な知識など必要ない」「自分が感じたことのほうが正しい」という地点まで進めば、知から自由になるのではなく、異なる知に触れる回路そのものを閉ざすことになります。

ここに、教養主義の没落後を生きる私たちの難しさがあります。かつてのように、読むべき本の一覧を示し、それを読んだ者を教養人と呼ぶことには戻れない。それでも、複雑な問題について時間をかけて考え、自分が知らないことを知ろうとする態度まで捨ててしまうわけにはいきません。必要なのは、教養を再び権威として立て直すことではなく、そのなかにあった「自分を変えるために学ぶ」という契機を、序列から切り離して受け取り直すことではないでしょうか。

そう考えるなら、現代の教養は、どれほど多くの本を読んだかによって測られるものではなくなります。むしろ大切なのは、自分の知っている世界だけで判断しないために、本や他者の言葉を必要とすることです。知らない言葉に出会ったとき、すぐに拒絶せず、その言葉が生まれた背景を少し調べてみる。自分と異なる意見に触れたとき、賛否を決める前に、なぜその人がそう考えるのかを辿ってみる。そうした小さな遅さのなかに、教養主義とは異なる教養の姿が見えてきます。

もちろん、知識を持つことには力があります。専門的な言葉を使える人と使えない人のあいだには、いまも非対称があります。その非対称を完全になくすことは難しいでしょう。だからこそ問われるのは、知を持つ側がそれをどう使うかです。知らない人を黙らせるために使うのか、それとも、同じ問題について考えるための足場として差し出すのか。教養を序列ではなく関係として考え直すなら、この違いは小さくありません。

そしてこの問題は、いまや読書の世界だけには収まりません。政治、戦争、医療、科学、経済、法制度。私たちが日々触れる問題の多くは、少し調べれば簡単に答えが出るものではありません。それでもSNSでは、複雑な出来事ほど短い言葉へ圧縮され、即座に態度を決めることが求められます。そんな時代だからこそ、「まだよくわからない」と言えること、わからないものについて考え続けられることは、かつてとは別の意味で教養と呼ぶに値するように思います。

教養主義が掲げた「知によって人間を高める」という理想を、そのまま取り戻す必要はありません。むしろ、誰が高く誰が低いのかという発想そのものから離れたほうがよいのでしょう。そのうえでなお、知ることによって自分の見方が変わる可能性を信じる。自分の判断をいったん留保し、他者の言葉によって世界が少し違って見える瞬間を受け入れる。その態度だけは、没落のあとにも残すことができます。

第五章の図解

結び 夜更けに残る、知の灯り

竹内洋『教養主義の没落』を読み返して見えてくるのは、一つの知的文化の栄枯盛衰だけではありません。教養主義がこれほど長く人々を惹きつけたのは、そこに「学ぶことで自分は変われる」という切実な期待があったからでしょう。地方から都市へ、現在の自分からまだ知らない世界へ。本を読むことは、その境界を越えるための小さな移動でもありました。

同時に、その理想には影がありました。読む本によって人を区別し、知識によって人格まで測ろうとすれば、教養はいつしか他者との距離をつくる道具になります。だから、その没落をただ惜しむことも、古きよき読書文化として復活させることもできません。私たちに必要なのは、失われた教養主義を取り戻すことではなく、その歴史から何を残し、何を手放すのかを考えることなのだと思います。

夜更けに本を開き、知らない言葉に出会う。その場では、誰かより多く知っている必要はありません。わからない箇所でページを戻り、自分とは違う時代や経験を持つ誰かの言葉にしばらく付き合う。読書が持っているのは、私たちを高い場所へ連れていく力というより、自分の立っている場所だけが世界のすべてではないと知らせる力なのかもしれません。

教養とは、知識を所有しているという資格ではなく、知らないものに出会ったときに、考えることをやめないための姿勢なのでしょう。断言を少し遅らせ、理解できないものをすぐには切り捨てず、ときには自分の言葉を組み替えてみる。その営みは目立たず、社会的な威信を約束するものでもありません。

けれど、教養主義の大きな灯りが消えたあとだからこそ、その小さな灯りには意味があります。誰かを照らして序列をつくるのではなく、自分の足元と、その少し先にいる他者の輪郭を確かめるための知。そのようなかたちであれば、教養は没落した過去の理念ではなく、いまも私たちの生活のなかに残り続けるものなのだと思います。

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