【書評】宮本常一『忘れられた日本人』――歴史に書かれなかった声のゆくえ
【以下、入門書・サブテキストとして】
はじめに 忘れられたのは誰だったのか
『忘れられた日本人』という題名には、どこか強い響きがあります。けれども本書は、失われた故郷を懐かしむだけの本ではありません。むしろここで宮本常一が見つめているのは、近代以後の大きな歴史のなかで、いつのまにか見えにくくなってしまった人びとの暮らしであり、その土地ごとの語りです。村の寄りあい、女たちの世間、老人の記憶、遍歴する者の半生。そうしたものは、国家の制度や教科書的な歴史のなかでは、どうしても後ろに退いてしまいます。けれども、そこで生きた人びとの時間が薄かったわけでは、もちろんありません。
宮本常一は、そうした「残りにくいもの」に耳を澄ませた書き手でした。周防大島に生まれ、柳田国男や渋沢敬三に学びながら、長い歳月をかけて全国各地を歩き、庶民の口承を集めていった民俗学者です。本書は、その蓄積のなかから生まれた代表作であり、民俗学の古典として今日まで読み継がれてきました。しかもここで重んじられているのは、辞典の項目のように風習を整理することより、むしろ一人ひとりの経験や、その人の背後にある生活の重みです。だから本書は、資料であると同時に、無名の人生の記録でもあります。
本書には「対馬にて」「村の寄りあい」「女の世間」「土佐源氏」など十三篇が収められています。そこに並ぶのは、華々しい事件でも、中央の政治でもありません。けれども、読んでいるうちに見えてくるのは、日本という土地が、ほんとうはどれほど多様な生活の層によって成り立っていたのか、ということです。『忘れられた日本人』は、歴史の外側に置かれてきた人びとを救い上げる本であると同時に、私たちが何を歴史として残し、何を見落としてきたのかを静かに問い返す本でもあるのだと思います。

第一章 『忘れられた日本人』とはどのような本か
本書が最初に未来社から刊行されたのは1960年でした。のちに著作集へ収録され、1984年には岩波文庫版が刊行されます。現在では宮本常一の代表作として広く知られていますが、その魅力は、いわゆる「昔の日本」の風俗を整理して示すことにあるのではありません。そうではなく、近代化の進む日本のなかで、土地に根ざして生きてきた人びとの記憶を、その声の調子ごと残そうとしたところにあります。
宮本は、各地で聞き取った話をただ民話として並べるのではなく、そこに生きた人の身ぶりや判断、苦労や知恵をにじませるように記していきます。そのため本書には、学術書でありながら、どこか独特のぬくもりがあります。たとえば「対馬にて」では、古文書を貸してもらうかどうかを村の寄りあいで一日かけて決めたという話が語られますし、「村の寄りあい」では、西日本の村に見られた年齢秩序や世代交代のあり方が、東日本との違いも含めて描かれます。また「女の世間」では、田植えの場で女たちが主役となる共同性が、「土佐源氏」では盲目の乞食の語りが、それぞれ忘れがたいかたちで記録されています。
つまり本書は、村の制度を説明する本である以上に、その制度のなかで人びとがどう生きていたのかを伝える本です。しかもそこに登場するのは、従来の歴史叙述があまり光を当ててこなかった人たちです。女性、老人、子ども、遍歴する者、読み書きを身につけて村を変えていく者。そうした存在が、本書ではけっして脇役としてではなく、それぞれの土地の中心にいるものとして現れます。ここに、本書の大きな特徴があります。宮本常一は、国家や制度の大きな輪郭を描こうとするのではなく、そうした輪郭の内外で生きる人びとの声から、日本の姿を捉え直そうとしたのでした。
第二章 村の暮らしと人びとの声
本書を読んでまず印象に残るのは、村がただ一枚岩の共同体として描かれていないことです。たしかにそこには助け合いや連帯があります。たとえば「子供をさがす」では、行方のわからなくなった子どもを村人たちが総出で探す姿が記され、共同体の結びつきの強さが伝わってきます。けれども同時に、村には村の理屈があり、役割の配分があり、ものごとを決めるための時間があります。「寄りあい」に一日かけるという話は、その悠長さを示しているのではなく、共同体が共同体として成り立つための重みを物語っているように見えます。
さらに興味深いのは、そうした村の内部に、いくつもの層があることです。「女の世間」はその典型でしょう。そこでは女たちが、男たちの論理とは別の仕方で場を支え、笑い、語りあっています。田植えの場でのやりとりや、女たちだけの結びつきは、単なる風俗として片づけるには惜しいものがあります。村の表側だけでは見えない、もうひとつの共同性が、そこには息づいているからです。歴史の中心に残るのはたいてい制度や権力の言葉ですが、実際の暮らしは、その周囲にあるおしゃべりや労働や気配によって支えられていたのだと、本書は教えてくれます。
また、本書には老人たちの語りが数多く登場しますが、それは単なる昔語りではありません。明治のころにどの家も二年分の食料を備えていたという話、道が通って村が変わったという話、牛が初めて村に来たときの驚き。そうした細部は、ひとつひとつは小さく見えても、その土地の時間の流れをたしかに伝えています。歴史の教科書には載らないけれど、その土地にとっては大きな出来事だったものが、ここでは静かに保存されているのです。
そして忘れてはならないのが、「文字をもつ伝承者」という視点です。宮本は、読み書きを身につけた農民や村人が、外の世界と自分の村を比べ、村のあり方を変えていく姿にも注目しました。ここには、単なる素朴な共同体礼賛ではない目配りがあります。村は閉じた世界ではなく、学びや移動や比較のなかで少しずつ変わっていく。その変化までも含めて記録しようとしたところに、本書の奥行きがあります。『忘れられた日本人』は、昔の日本の面影を愛でるための本ではなく、人びとの暮らしがどのように続き、揺れ、語り継がれてきたのかを見つめる本なのです。
第三章 歴史に書かれない生を掬い上げる
『忘れられた日本人』の価値は、昔の村の空気をいきいきと伝えている、というだけでは尽きません。むしろ本書が今日まで読み継がれている理由は、そこに、ふつうの歴史からはこぼれ落ちやすいものが丁寧に掬い上げられているからでしょう。宮本常一が記そうとしたのは、国家の制度や政治の事件ではなく、人びとがどう働き、どう老い、どう語り、どうその土地で日々を送っていたかということでした。そうした営みは、たしかにその時代を形づくっていたにもかかわらず、後から振り返ると「些細なこと」として見過ごされやすい。本書は、その「些細なこと」の側から歴史を見直す試みなのだと思います。
本書に収められた語りは、どれも壮大な英雄譚ではありません。けれども、そこには一人の人生の重みが宿っています。盲目の男が語る半生、村を歩いてきた老人の記憶、祖父や古老の信条、女たちの笑い。そうした語りは、記録として見るなら断片的です。けれども、その断片こそが、近代の大きな歴史叙述から零れ落ちた生のかけらでもあります。宮本は、そこに耳を傾けることで、歴史を裏側から照らし出そうとしたのでした。
考えてみれば、歴史として残りやすいのは、制度、政策、戦争、法、あるいは名のある人物たちの言葉です。しかし、実際に一つの時代を生きた人びとの現実は、それだけで成り立っていたわけではありません。食料をどう蓄えたか、村で何を相談したか、どういう順番で世話役を交代したか、女たちがどんな冗談を交わしていたか。そうした細部の集積のなかにこそ、その時代の生活の手触りが宿っている。本書は、そのことを強く感じさせます。大きな歴史の光が届きにくい場所に、じつは別の時間が流れていた。その発見こそ、『忘れられた日本人』の核心なのではないでしょうか。
しかも宮本常一の書き方は、単に「庶民もまた歴史の担い手である」と一般論として言うのではありません。彼は、実際にその土地へ行き、その人の言葉を聞き、その声の癖や間合いごと残そうとします。だから読者は、抽象的な「民衆」という言葉ではなく、具体的な誰かとして彼らに出会うことになります。そこでは、人びとは資料ではなく、固有の生をもった存在として現れます。この点で本書は、民俗学の書物であると同時に、無名の人生に対する深い敬意の書でもあるように思われます。
第四章 共同体のぬくもりと、その内側にあるもの
もっとも、『忘れられた日本人』を読むときに気をつけたいのは、そこに描かれた共同体を、そのまま理想郷のように見てしまわないことです。本書には、たしかに助け合いの場面があります。子どもを村ぐるみで探す話や、寄りあいに象徴される合議の感覚には、近代以後の都市生活からは遠ざかってしまった連帯のかたちが感じられます。いまの読者がそこに惹かれるのも、自然なことだと思います。けれども、宮本が記しているのは、ただ温かいだけの共同体ではありません。
寄りあいには秩序があります。世代には役割があります。村には、誰がどの段階で何を担うかという配分があります。そこでは人びとは自由に漂っているのではなく、それぞれに位置を与えられながら生きています。また、「女の世間」が印象的なのも、それが単なる男性中心社会の余白ではなく、女たち自身の論理や結びつきによって成り立つひとつの場として描かれているからでしょう。そこには男の社会とは異なる解放感がある一方で、やはりまた別の規律や空気もあったはずです。
つまり共同体とは、ぬくもりの場であると同時に、配置の場でもあります。人はそのなかで守られ、支えられる一方で、その共同体の理屈のなかに組み込まれてもいく。本書が優れているのは、その両面を美化せずに伝えているところです。遍歴する者や盲人の存在が印象に残るのも、彼らが共同体の外にいるからではなく、内と外のあわいのような場所に立っているからでしょう。村は閉ざされた一枚岩ではなく、中心と周辺、役割と逸脱、安定と移動を抱えた場として成り立っています。宮本は、そうした複雑さを、声の細部から浮かび上がらせていきます。
このことは、現代の私たちにとっても示唆的です。共同体が失われた、と単純に嘆くこともできるでしょう。けれども他方で、共同体には共同体の息苦しさもあった。『忘れられた日本人』は、そのどちらか一方だけを語る本ではありません。むしろ、人が誰かとともに生きるとはどういうことか、その条件の具体的な姿を、静かに見せてくれる本なのです。
第五章 近代の光からこぼれ落ちるもの
こうして読んでいくと、本書の題名にある「忘れられた」という言葉の意味も、少しずつ見えてきます。それは、単に時代が移り、昔の風習が消えていったということだけではないでしょう。もっと重要なのは、何が歴史として残され、何が取るに足らないものとして外に置かれてきたのか、ということです。近代国家は、制度を整え、土地を把握し、人びとを分類し、歴史をひとつの大きな物語として編み上げていきます。その過程で、そこに収まりにくい生活の細部や土地ごとの語りは、どうしても見えにくくなります。宮本常一が記したのは、まさにその見えにくくされた側の世界でした。
だから『忘れられた日本人』は、失われた日本の面影を懐かしむ本である以上に、近代の視野からこぼれ落ちるものを記録した本として読むことができます。村の寄りあいも、女たちの世間も、読み書きを得た者が村を変えていく姿も、中央の歴史の枠から見れば小さなことにすぎないかもしれません。けれども、その小さなことのなかに、人がどう生きていたかの現実がある。宮本は、その現実が近代化のなかで均され、標準化され、忘却へ押しやられていく前に、言葉として留めようとしたのだと思います。
もちろん、本書が描く世界を、そのまま「日本の本質」として受け取ることはできません。実際、本書には西日本の村落像への偏りがあるとも指摘されています。けれども、それでもなお本書が大切なのは、ひとつの標準的な日本像に回収されない生活世界がたしかにあったことを示しているからです。忘れられたのは、過去そのものではありません。過去のなかにあった、名もない人びとの暮らしの厚みです。『忘れられた日本人』は、その厚みを取り戻そうとする本であり、同時に、私たち自身がいま何を見落としているのかを問う本でもあるのでしょう。
結び 忘れられた声は、いまも遠くない
『忘れられた日本人』を読み終えたあとに残るのは、失われた昔への単純な郷愁ではありません。むしろ、私たちはいつも、何かを記録しながら、同時に何かを取りこぼしているのだという感覚です。国家の歴史、制度の歴史、経済の歴史はたしかに必要です。けれども、そこに収まりきらない暮らしの細部、土地に根ざした言葉、名もない人びとの判断や苦労や笑いは、そうした大きな歴史の陰で見えにくくなってしまいます。宮本常一が残したのは、まさにその見えにくくなったものの輪郭でした。
本書に登場する人びとは、特別な英雄ではありません。けれども、その一人ひとりの語りには、生きた時間の重みがあります。そしてその重みは、過去のものとしてきれいに閉じられるものではないはずです。いまもまた、社会の中心から外れ、うまく言葉にならず、記録されにくいまま日々を生きている人びとがいます。そう考えるなら、『忘れられた日本人』とは、昔の日本を振り返る本であると同時に、現在の私たちが何を見ようとし、何を見落としているのかを問い返す本でもあるのでしょう。
忘れられたのは、遠い過去の誰かだけではないのかもしれません。そのことを静かに思わせるところに、この本の古びない力があります。
