人の根っこ〜【六の根】真心の根っこ〜
心のこもった仕事には、美しさが宿る。
なんでか。
仕事そのものに「想い」が宿るからや。
嫌々やる仕事、不平不満を抱えたままする仕事は、雑で荒々しく、決して美しいとは言えんものになる。
料理でも、掃除でも、子育てでも、文章でも。心のこもった人の手から生まれたものは、どこか温かい。心のこもらない人の手から生まれたものは、どこか冷たい。
感性の鋭い人には、その違いがわかるはずや。
心は物に宿る。空間にも宿る。
料理に宿った負の感情は、食べた人の心と体に影響を与える。場所に宿った負の心は、その場の空気を重くする。
そこにおるだけで、なんとなく暗い気持ちになる場所がある。反対に、特別なものが何もないのに、なぜか落ち着く場所がある。
それは偶然じゃない。そこに関わった人の「心」が、空間に積み重なってるからや。
では、家庭ならどうなるか。
毎日そこで過ごして、毎日そこで飯を食って、毎日そこで眠る場所や。
吐き捨てるように雑に発せられた言葉に宿る冷たさ。イライラや幻滅のこもった締め付けるような視線。それは全部、相手に飛んでいき、その場の空気と、相手の心を汚す。
飛ばされた相手は「何か悪いことしたのかな?」そう思うやろ。
それがこどもやってみ。どれだけ不安になるか考えたら分かると思う。
そんな空気の中で育ったこどもは、少しずつ自己肯定感をなくしていく。ほんで大人になって、自分のこどもに無意識で同じことをする。
無限ループの始まりや。
でもな、そのループは自分の代で断ち切れる。
そら、悪いことをした時はきっちり叱らな分からん。でもそこに感情はいらん。
こどもの幸せを願う温かい心で怒鳴られるのと、ただイライラをぶつけられるのでは、受ける痛みが全然違う。萎縮させられるか、ハッと目が開くかの違いや。前者は圧力。後者は愛の鞭や。
温かい心を持った親に育てられたこどもは、自分のこどもや、出会う人たちにその温かさを届けられる。
その温かさを知ってるからや。
心は伝染する
では、なぜ温かい心になれないのか。
損得勘定、勝ち負け根性、見栄体裁——これが自分の軸になってるからや。
特に勝ち負け根性は、夫婦関係において悪化の一途を辿らせるから、気をつけた方がいい。
そういう気持ちが強い時、ベクトルはずっと自分に向いてる。相手にこうしてほしい、こうあるべきという過度な期待と甘えの中にいてるんや。
私にこうするべきや
あれして欲しい
こう言って欲しい
なんで自分がやらなあかんの!
こうあるべき
これらを手放した時、初めてベクトルは相手に向く。
つまり与える側や。
何を求めてる?
どうしたら幸せになる?
どうしたら喜ぶ?
どうしたら安心する?
こんな状態のことな。
この状態で初めて相手を想う気持ちが湧いてくるちゅうことや。
温かい心になれない自分を「冷たい人間や」と思うなら
一度聞いてみてほしい。
「今、自分のベクトルはどっちに向いてるか。」
ワシはこうしてきた。
イライラが出てると感じた時、「今怒鳴ったら、この人は(こどもは)どう感じるやろ」と考える。
意識が自分からこどもに向いた瞬間、温かい心がポッと湧いてくる。
横に座って、同じ目線になる。それだけで感情が治まる、とも言われてる。
イライラしてる自分の中にも、ちゃんと温かさの種はあるちゅうことや。
怒る前に、言葉を口にする前に、一瞬だけ相手を想ってみる。
それだけでええ。
そう心掛けてたら、そのうち自然と自分をコントロール出来るようになる。
飾りも計算もなく、自然に湧き出るその想い—それを、「真心」という。
あなたの中にも、その種はある。
自分に対する執着、相手に対する期待と偏見を捨てた時、人、物、場所、環境、そんなご縁を大切に想う心は芽生え始める。
そんなあなたの真心が、人、物、環境を温かくしていくんや。
萬万治朗
【根っことは】
人間関係の行き詰まりには、必ず無意識の根っこがある。悩みの奥にも根っこがある。体が辛いのに、病名が分からない。でも「風邪ですね」と言われた瞬間、気持ちが軽くなる。悩みも同じや。原因が分からないから、闇に沈む。原因が分かれば、悩みは課題に変わる。
この記事を読んで、自分のことが気になった人へ。ココナラでは、繰り返す悩みの根っこを読んでるから、もし悩みから抜け出せなくて困ってたら、いっかい来てみて。
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