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垓下歌


虞姫の歌は 角川ソフィア文庫「史記 中」をもとに
中華サイト『捜韻』さまにて
https://sou-yun.cn/
関鍵詞→『四方楚歌声』と入力
位置→『詩句』を選択し、検索したものです

垓下歌

力拔山兮氣蓋世  力 山を抜き 気 世をおお
時不利兮騅不逝  時 利あらず すい かず
騅不逝兮何奈何  騅の逝かざる 奈何いかんすべき
虞兮虞兮奈若何  や虞や なんじを奈何せん

すい・・・あし毛の馬 オグリキャップやメジロマックイーン、ビワハヤヒデ、ゴールドシップみたいな毛色のこと

「力抜山兮気蓋世」

『史記』項羽本紀に若い頃の項羽について
かなえ
は人をぐ」というのと関わりがある

岩波文庫 新編・中国名詩選【上】川合康三/編訳

との解説もありました

「時不利兮騅不逝」

わが国に伝わるテキストには
「時不利兮騅不逝」を
「時不利兮威勢廃/威勢廃兮騅不逝」
(時利あらず威勢おとろう、威勢おとろえてすい逝かず)
として、五句からなる七言古詩とするものがある

講談社学術文庫 漢詩鑑賞事典 石川忠久編

何に書いてあるかは不明ですが・・・。

句形

歌はたいのもので、「兮」の音がリズミカルに響く。

講談社学術文庫 漢詩鑑賞事典 石川忠久編

(大まかな括りでの)古詩なんだけど、雰囲気が違うというか、うーんと思っていたのですが、なるほど、楚辞体・・・φ(..)メモメモ

和項王歌

角川ソフィア文庫「史記 中」をもとに
中華サイト『捜韻』さま https://sou-yun.cn/  にて
関鍵詞→『四方楚歌声』と入力、
位置→『詩句』を選択し、検索したものです

唱和した虞美人の歌が『楚漢春秋』に収録されている
(ただし、同書はすでに佚し、いま唐・張守節の『史記正義』にその部分が引かれている)

角川ソフィア文庫 『史記 中』田中謙二・一海知義

漢兵已略地  漢の兵 すでに地を略し
四方楚歌声  四方 楚歌の声
大王意気尽  大王 意気尽きたり
賤妾何聊生  賤妾せんしょう 何ぞやすんじ生きん

これを五言詩の祖とみる学者さえあるが、五言詩の発生はさらに年代をくだるのが定説であり、この歌は偽作と信ぜられている

角川ソフィア文庫 『史記 中』田中謙二・一海知義

さて、多様なリズムの中からやがて、人々の好みに合ったものとして、五言のリズムが安定的な地位を獲得するに至る。それでも、全部が五言の形をとるものが、信ずべき史料に現れるのは、前漢の末、成帝(在位前三三~前七)代である。

講談社学術文庫 漢詩鑑賞事典 石川忠久編

虞美人の歌(とされるもの)は、学校で「漢詩ですよ~」と習うものに近くて、項羽の歌とは趣というか、句の仕立て方というか、何か、違いますよね
項羽の歌は「けい」を重ねる「楚辞体」で
虞美人の歌は「五言絶句になりかけた五言古詩」みたいな感じがします
(※あくまで個人の感想です)


おまけ:巫山高


角川ソフィア文庫「史記」→検索サイト


項羽の論功行賞で巴蜀の南鄭へ向かった劉邦の将校や兵士が
東へ帰ることを思いつつ歌ったとされる歌
角川ソフィア文庫「史記 中」(田中謙二・一海知義)より
中華サイト『捜韻』さま https://sou-yun.cn/  にて検索しました

巫山ふざんは高し 高くしてかつ大なり
淮水わいすいは深し 深くしてかつはや
我ら東に帰らんと欲せしに
なんぞはたさざる
我らとどまりてさおかいがなければなり
水 なんぞ湯湯しょうしょう回回かいかいたる
水に臨みて遠く望めば
なみだしたたりてころもうるお
遠くたびする人の 心に帰らんことを思う
これ何謂いかばかりぞや

角川ソフィア文庫「史記 中」田中謙二・一海知義

引用が、サイトの検索結果と一致していない箇所があるのはお許しを

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