垓下歌

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垓下歌
力拔山兮氣蓋世 力 山を抜き 気 世を蓋う
時不利兮騅不逝 時 利あらず 騅 逝かず
騅不逝兮何奈何 騅の逝かざる 奈何すべき
虞兮虞兮奈若何 虞や虞や 若を奈何せん
騅・・・あし毛の馬 オグリキャップやメジロマックイーン、ビワハヤヒデ、ゴールドシップみたいな毛色のこと
「力抜山兮気蓋世」
『史記』項羽本紀に若い頃の項羽について
「力は能く鼎を扛げ
才気は人を過ぐ」というのと関わりがある
との解説もありました
「時不利兮騅不逝」
わが国に伝わるテキストには
「時不利兮騅不逝」を
「時不利兮威勢廃/威勢廃兮騅不逝」
(時利あらず威勢廃う、威勢廃えて騅逝かず)
として、五句からなる七言古詩とするものがある
何に書いてあるかは不明ですが・・・。
句形
歌は楚辞体のもので、「兮」の音がリズミカルに響く。
(大まかな括りでの)古詩なんだけど、雰囲気が違うというか、うーんと思っていたのですが、なるほど、楚辞体・・・φ(..)メモメモ
和項王歌
角川ソフィア文庫「史記 中」をもとに
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唱和した虞美人の歌が『楚漢春秋』に収録されている
(ただし、同書はすでに佚し、いま唐・張守節の『史記正義』にその部分が引かれている)
漢兵已略地 漢の兵 已に地を略し
四方楚歌声 四方 楚歌の声
大王意気尽 大王 意気尽きたり
賤妾何聊生 賤妾 何ぞ聊んじ生きん
これを五言詩の祖とみる学者さえあるが、五言詩の発生はさらに年代を降るのが定説であり、この歌は偽作と信ぜられている
さて、多様なリズムの中からやがて、人々の好みに合ったものとして、五言のリズムが安定的な地位を獲得するに至る。それでも、全部が五言の形をとるものが、信ずべき史料に現れるのは、前漢の末、成帝(在位前三三~前七)代である。
虞美人の歌(とされるもの)は、学校で「漢詩ですよ~」と習うものに近くて、項羽の歌とは趣というか、句の仕立て方というか、何か、違いますよね
項羽の歌は「兮」を重ねる「楚辞体」で
虞美人の歌は「五言絶句になりかけた五言古詩」みたいな感じがします
(※あくまで個人の感想です)
おまけ:巫山高

項羽の論功行賞で巴蜀の南鄭へ向かった劉邦の将校や兵士が
東へ帰ることを思いつつ歌ったとされる歌
角川ソフィア文庫「史記 中」(田中謙二・一海知義)より
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巫山は高し 高くしてかつ大なり
淮水は深し 深くしてかつ逝し
我ら東に帰らんと欲せしに
なんぞ果さざる
我ら集まりて高と曳がなければなり
水 なんぞ湯湯回回たる
水に臨みて遠く望めば
泣下りて衣を霑す
遠く道する人の 心に帰らんことを思う
これ何謂ぞや
引用が、サイトの検索結果と一致していない箇所があるのはお許しを
