なぜ「未来」に力を注ぐのか⸻SFA・ポジティブ心理学・健康心理学からひもとく
「未来なんて考えられない」「変わりたいのに、変われない」。
個人のカウンセリングから、組織やチームの伴走、健康心理学の研究まで――。
現場の“変わりたい”に寄り添い続けてきた岡村祐一は、なぜこんなにも「未来」にこだわるのか。
ソリューションフォーカストアプローチ(SFA)、ポジティブ心理学、健康心理学という三つのレンズから、
その理由と実践をじっくり聞きました。
1. 「未来」は“まだ形になっていない可能性”
――今日は、「なぜ岡村祐一は『未来』に力を注ぐのか」をテーマにお話を伺えればと思います。まずは、そもそも岡村さんにとって「未来」とは、どんな言葉でしょうか。
岡村:
そう聞かれると、少し間があきますね。私にとって「未来」は、“まだ形になっていない可能性そのもの”です。
もう少し実務寄りに言うなら、「今ここでの一歩が、静かにつながっていく時間軸」でもある。
カウンセリングやコーチング、組織への伴走、そして健康心理学の研究をしていると、どうしても「今の困りごと」「今のつらさ」に意識が引っ張られます。でもソリューションフォーカストアプローチ(Solution Focused Approach:SFA)やポジティブ心理学、健康心理学を学ぶほど、「未来をどう描くか」が、いま目の前の体験にまで影響を与えていると感じるようになりました。
だから私は、「今を支えるために未来を見る」「過去ではなく未来から、いまを照らす」という意味で、「未来」にこだわり続けています。
2. 「問題の原因」ではなく、「望む未来」から出発する(ソリューションフォーカス)
――ソリューションフォーカストアプローチ(SFA)は、まさに“未来志向”の代表格ですよね。岡村さんとSFAとの出会いから教えていただけますか。
岡村:
もともと私は、家族療法や臨床心理学の流れの中で、問題の背景や原因を丁寧にたどるカウンセリングのスタイルに親しんでいました。もちろんそれには大きな意味があります。ただ、ある時から「原因をいくら理解しても、目の前の人の一歩がなかなか動かない」場面に、何度も直面するようになったんです。
そんな中で出会ったのが、ソリューションフォーカストアプローチでした。SFAでは、徹底して「望む未来」から話を始める。「問題はどこから来たのか?」ではなく、「問題が解決したら、どんな毎日になっているのか?」を具体的に描いていく。
この発想の転換に、正直、最初は戸惑いました。「そんなに簡単に未来の話なんてできないのでは?」と。しかし実際に使ってみると、クライエントさんの表情や言葉が目に見えて変わっていった。「こんなことができていたら嬉しい」「ここまでいけたら、少し楽になりそうだ」という、“かすかなけれど確かな希望”が、対話の中に浮かび上がってくるんです。
――SFAの中でも、特に「未来」の力を感じるのはどんな瞬間ですか。
岡村:
たとえば、SFAを代表する「ミラクル・クエスチョン」がありますよね。
「もし今夜、あなたが眠っている間に“奇跡”が起きて、明日起きたときには問題がすっかり良くなっていたとしたら、何が違っていますか?」
この問いを丁寧に重ねていくと、最初は「いや、奇跡なんて」と笑っていた方が、少しずつ具体的な描写を始めます。
「朝、目覚めたときの身体の重さが違う気がします」
「会社に向かう足取りが、今より少し軽いかもしれません」
「家族に対して、もう少し柔らかい声で話せていると思います」
この“描写のプロセス”こそ、未来が輪郭を持ち始める瞬間です。
SFAでは、この描写を「問題がない世界の空想」として終わらせません。「その未来の1%だけ、明日ためしてみるとしたら?」と、現実に落とし込んでいきます。
私が「未来」に力を注ぐのは、未来を語ることが単なる理想論ではなく、「今日の一歩」の設計図になると、身をもって経験してきたからです。
3. 「できていないところ」ではなく、「すでにある例外」と「強み」を見る(ポジティブ心理学)
――SFAだけでなく、ポジティブ心理学も、未来へのまなざしを強調する学問だと思います。岡村さんにとって、ポジティブ心理学はどう位置づけられていますか。
岡村:
ポジティブ心理学は、私に「人はもともと“よりよく生きようとする力”を持っている」という前提を教えてくれた学問です。
従来の心理学は、どちらかと言えば「病理」や「問題」に焦点を当ててきました。もちろんそれは必要な営みですが、マイナスをゼロにする視点が中心になりがちです。
ポジティブ心理学は、「ゼロからプラスへ」の視点を加えてくれました。
主観的幸福感(Subjective Well-Being)、ストレングス(強み)、レジリエンス、フロー体験、希望、楽観性…。それらは“ただ気分が良くなるための飾り”ではなく、「困難を乗り越えて、未来へ向かって歩き続けるための心理的な資源」だと考えます。
――ポジティブ心理学というと、「ポジティブに考えればなんとかなる」という“ポジティブ教”と混同されることもありますよね。
岡村:
そうですね。私もそこは意識的に線を引いています。
ポジティブ心理学が言う「ポジティブ」とは、「つらさやネガティブをなかったことにする」ことではありません。痛みや喪失、疲弊や怒りをちゃんと認めたうえで、「それでもなお、自分の中に“まだ使える力”や“支えてくれる関係性”はないだろうか」と探す姿勢です。
たとえば、今とても追い詰められている人がいるとします。その人の話を聴いていくと、
それでも仕事には行けている
本当は辞めたいけど、ここまでは続けてきた
友人にはまだ話せていないけれど、相談しようかなと思える人が一人はいる
といった“例外”や“微かな強み”が見えてきます。
SFAで言えば「例外探し」、ポジティブ心理学で言えば「ストレングスの発見」です。
この「すでにあるもの」に光を当てることが、未来へ向かう力を支えます。
私が「未来」にこだわるのは、「今の自分はダメだ」と切り捨てるのではなく、「今の自分の中にも、未来につながる芽がちゃんとある」と信じたいからです。そして、その芽を一緒に探し、育てていくことが、私の仕事だと感じています。
4. 健康心理学が教えてくれた、「未来に向かう身体」の視点
――一方で、岡村さんは健康心理学の研究者としても活動されています。健康心理学は「未来」とどう結びついていますか。
岡村:
健康心理学は、「人が健康であり続けるために、心と行動がどのように関わっているか」を扱う学問です。病気になってからどうするかだけでなく、「どうすれば病気を予防できるか」「どうすれば慢性的な症状とうまく付き合えるか」という、まさに“未来に向かった視点”を持つ領域です。
たとえば生活習慣病の予防やストレスマネジメント、メンタルヘルスの維持。どれも、「今の行動」が数年後、数十年後の健康状態を静かに形づくっていきます。
健康心理学は、「未来の自分の健康を、今の自分の選択によって少しずつ守る」という視点を与えてくれます。これは、個人だけでなく組織や社会にも当てはまります。
――組織やチームにも、健康心理学の視点を持ち込んでいるのですか。
岡村:
はい。たとえば職場のメンタルヘルスや、心理的安全性の高いチームづくりも、私にとっては“健康心理学的なテーマ”です。
「今はなんとか回っているけれど、メンバーの疲弊感や離職がいつ爆発してもおかしくない」という組織は少なくありません。そこでは、「今の売上」や「今期の成果」だけを見ていると、本当に大事なサインを見落としがちになります。
健康心理学的な視点から見ると、
メンバーのストレスの蓄積状況
サポートのネットワーク
自律性や有能感の満たされ方
価値観と仕事の一致度
などが、数年後の離職率や生産性に影響していく。つまり、「未来の組織の健康度」を、今から丁寧に育てていく必要があるわけです。
だから私は、研修や伴走の場でも、「今この課題をどうするか」と同時に、「この取り組みが1年後、3年後の組織の健康にどうつながるか」という話を必ずします。
未来に力を注ぐとは、「将来の自分やチームが少しでも健やかでいられるように、今日の選択をデザインする」ということだと、健康心理学は教えてくれました。
5. 「未来」は、現場の尊厳を回復するためのことば
――ここまで、SFA・ポジティブ心理学・健康心理学の三つの視点から、「未来」がどのように位置づいているかを伺ってきました。もう少し、岡村さん自身の“個人的な理由”も聞いてみたいです。なぜここまで「未来」にこだわるようになったのでしょうか。
岡村:
一番の原点は、「変わりたいのに変われない」という人や現場を、何度も目の前で見てきたことだと思います。
やめたいのにやめられない働き方
変えたいのに変えられない組織文化
届けたいのに届かない想い
その背景には、構造的な問題や制度の壁もあります。ただ同時に、「結局どうしたいのか」「何を大事にして進みたいのか」という“未来の像”が、曖昧なまま動き続けているケースも、とても多い。
私は、対話やファシリテーションの仕事を通じて、何度もこうした場面に立ち会ってきました。会議では立派なスローガンやビジョンが掲げられるのに、翌日からの現場ではほとんど使われない。現場の人たちの表情はどこか冷めていて、「どうせ変わらない」というあきらめが漂っている。
そのたびに感じていたのは、「未来が、“誰かの言葉”のまま止まっている」ということでした。
トップが掲げたスローガン、外部のコンサルタントが作ったビジョン。それ自体が悪いわけではありませんが、「自分たちの言葉」になっていないと、未来は“借り物のポスター”で終わってしまう。
だから私は、「現場の尊厳」と「未来」を結びつけて考えるようになりました。
現場の人が、自分の言葉で「本当にこうなったらいい」を語り、それが小さくても実際の一歩に変わっていく。それこそが、“尊厳の回復”だと思うんです。
未来は、現場の尊厳を取り戻すための言葉でもあります。
だから私は、「未来」を語る場づくりにこだわり続けています。
6. 「未来志向の対話」は、“今を軽視する”ことではない
――未来に力を注ぐと言うと、「今の苦しさをないがしろにしているのでは」と感じる方もいるかもしれません。その点についてはどう考えていますか。
岡村:
それはとても大事なポイントだと思います。
未来を語ることは、決して「今のつらさ」を矮小化することではありません。むしろ私は、「今のつらさに丁寧に寄り添うために、未来を一緒に見る」という順番を大切にしています。
カウンセリングの場面では、まず徹底して「今ここ」の感情に耳を傾けます。怒り、悲しみ、不安、恥…。それらを「ポジティブじゃないからダメ」とラベリングせず、「それほどの思いを抱えて、よくここまで来たんですね」と受け止めること。
そのうえで、SFAやポジティブ心理学の問いをそっと差し出します。
「それでも、ほんの少しだけ楽な瞬間があるとしたら、どんな時でしょう?」
「今の状況が10点満点中“2”だとしたら、“3”になるために、できるかもしれないことは何でしょう?」
これは、今のつらさから逃げるための「きれいごと」ではありません。
今この瞬間に確かに存在している負担や痛みを認めたうえで、「それでもなお、これからの時間をどう使っていきたいか」を一緒に考えることです。
未来を見ることは、今を軽視することではない。
むしろ、「今の自分をどう扱いたいか」を決めるための、もうひとつの視点だと感じています。
7. 「やりたいが、できるに。」――未来を“一歩”のサイズにする
――岡村さんの活動には、「やりたいが、できるに。」というフレーズが何度も登場します。この言葉も、未来へのこだわりと関係していますか。
岡村:
もちろんです。
多くの人や組織は、「やりたいこと」はすでに持っています。それは、本人がまだ言葉にできていなくても、対話を重ねると必ずどこかでにじみ出てくる。
一方で、「やりたい」と「できる」の間には、大きなギャップがあります。時間、お金、スキル、環境、人間関係…。そのギャップを前にすると、「まあ、現実的には難しいよね」と未来を手放してしまう。
そこで、SFAやポジティブ心理学の出番です。
スケーリング・クエスチョンで、「10点満点中、今はどこにいるか」
例外探しで、「すでに少しうまくいっている場面はどこか」
ストレングスの視点で、「その人やチームならではの強みは何か」
を一緒に確認しながら、「やりたい」を“一歩のサイズ”に変えていきます。
たとえば、「地域の人が安心して集える場所をつくりたい」という大きな願いがあるとします。
それをいきなり「コミュニティセンターを建てる」といった話に飛ばすのではなく、
「まずは3人で集まって、1時間だけ話す場をつくってみる」
「月に1回、その場を続けてみる」
といった“一歩”に分解していく。
未来に力を注ぐとは、壮大なビジョンを語ることだけではありません。
「やりたい」を「できる」に変える、具体的な一歩のサイズまで落とし込むこと。
そのプロセスを、対話と心理学の知見を使って丁寧にデザインするのが、今の私の役割だと思っています。
8. 「未来」は、誰かの「今」を支えるための共同作品
――最後に、これからの岡村さん自身の「未来」についても教えてください。今後、どんな「未来づくり」に力を注いでいきたいですか。
岡村:
大きく分けると、三つの方向があります。
一つは、個人の「未来」を支えること。
カウンセリングやコーチング、1on1の場で、その人ならではの“未来のストーリー”を一緒に紡ぎ、「今日の一歩」に変えていく。メンタルの不調や生きづらさを抱える人も含めて、「未来なんて考えられない」と感じている人の隣に、静かに立ち続けたいと思っています。
二つ目は、チームや組織の「未来」を支えること。
対話型の研修やワークショップ、伴走支援を通じて、現場の人たちが自分たちの言葉でビジョンを語り、それを“続けられる仕組み”に落としていく。心理的安全性やウェルビーイング、学習する組織といったテーマを、現場での具体的な手順に翻訳し続けたい。
三つ目は、社会全体の「未来」を支える知を育てること。
健康心理学やポジティブ心理学、行動科学の知見を、研究という形でもっと深め、言語化していくことです。論文や学会発表はもちろんのこと、実務や現場に届くかたちで発信を続けていきたい。
どのレベルでも共通しているのは、「未来は、誰かの『今』を支えるための共同作品である」という感覚です。
未来は、誰か一人の頭の中にある完成図ではありません。対話の中でゆっくりと言葉になり、複数の人の手によって磨かれていく“共作”です。
私は、その共同制作の場をひらき、支え、言葉と仕組みに変えていく役割を担いたい。
ソリューションフォーカストアプローチの未来志向、ポジティブ心理学の強みと希望の視点、健康心理学の「生き続ける身体」の視点。その三つを土台に、これからも「未来」にこだわり続けたいと思っています。
