無事に還るまでが人生。
「あなたは独りじゃない」
と言って説得力があるのは、高次元の存在だけだ。
3次元の、我々と同じレベルの人間がその言葉を使ったところで、それはただの嘘になる。
この3次元の世界では、人間は全員独り。
だから、もし伝えるのならば、教えるのならば。
「あなたは独りだ。でも、あなただけじゃなくて、全員独り。だけど、安心して。友情、愛情、遺伝、そんなものよりとんでもなく強烈な繋がりが、あなたと宇宙の間にはあって、常にあなたを幸せへと導いているよ。あなたの本当の家族は、あなたのエネルギーチーム。あなたに幸せになってほしくて、こうしている今でもあなたと繋がってるよ。」
でも、きっとそんなことを話しても、あなたは「?」となるだけだろう。
宇宙とか言われてもね、って。
3次元での感覚、この神経の現実感というのは、とんでもなく強烈だ。
歓び怒り、悲しみ執着、痛覚、恐怖と快楽は、生きていることを実感として捉える。
これこそが生きていることだ、と、
物体として存在しているということは、メタ認知を遠ざけて、意識の焦点を現実に合わせてくる。
こういうことを考えていると、マトリックスを思い出す。
あの映画を初めて観た時に思ったのは、切り口の斬新さではなくて、まるで忘れていたことを思い出したかのような、「そうだった」という気づきだった。
影響力のある人たちが、無意識のうちに人々に覚醒の種を植えていく。
メッセンジャーの役割を果たしてくれている彼らに感謝。
そしてメッセンジャーからのメッセージを受け取るアンテナを、立て続けていくことを忘れてはいけない。
この地球で生まれて、一人ぼっちで淋しいよね。
全てを超越した絶大な存在を感じることができない、ということが、生きている辛さにダイレクトに繋がってしまうから。
だからこの3次元で、自分と言う肉体を、その感覚を噛みしめているんだね。
それはあなたがあなたを愛しているという、その証拠なんだよ。
だからなおさら淋しいんだ。
だからこそ、存在してることが悲しいんだね。
そんな時は、自分の名前を呼びながら、鏡の中の自分と話をすればいい。
「泣きたいの?」
「淋しいの?」
「辛いの?」
「いいよ。好きにしていいからね。」
沸いてくる感情を、全身で感じて「そうなんだね」と優しく見守る。
自分は自分でいて、自分ではなく、自分を一番愛して、理解して、抱きしめてあげる最愛のパートナーであり、寸分違わずに重なり、同時に存在している無数の意識なのだ。
だから、あなたは独りじゃないよ。
今、地球の暮らしで一人でいるだけなんだ。
孤独に泣いているあなたへ。
メタ認知のカメラワークを教えてあげれば、自尊心は魂を清潔に保てるほどに高まり、居場所は3畳ほどのスペースが確保できる。
ここは自由で、無限で、悲しみも淋しさもない。
喜びにあふれているわけではないが、穏やかに退屈な空間が広がっている。
暇だから、地球の不自由さを体験しに行こうか。
地球には同じように体験しにきているエネルギー体がたくさんいるよ。
地球はアミューズメントパーク。
このエンターテインメント施設で泣いたり笑ったりして楽しんだら、おうちに還ろうね。
還ってみんなと合流したら、またお出かけしに行こう。
お弁当持っていこうね。
バナナはおやつに入るよ。
お菓子は500円までならいいからね。
人生は、無事に還るまでが人生だよ。
