Odd Lots 解説:グローバリゼーション後の新秩序──国民的市場自由主義と中国の台頭(ゲスト: Branko Milanovic)
▶ 元エピソード: https://omny.fm/shows/odd-lots/branko-milanovic-on-what-comes-after-globalization
2026年7月27日
概要
今回のエピソードでは、CUNY(ニューヨーク市立大学)大学院センターの研究教授であり、新著『The Great Global Transformation: the United States, China, and Remaking of the World Economic Order』の著者であるBranko Milanovic氏を迎え、グローバリゼーションの終焉と、それに代わる新たな経済秩序について議論しました。Milanovic氏は、冷戦後の新自由主義的グローバリゼーションが終わりを迎え、国際的には自由貿易ではなく重商主義的な政策を採用しつつ、国内では新自由主義的な政策を維持する「国民的市場自由主義」の時代に入ったと分析します。
対談では、この新しい秩序の中心にある中国の特異な地位、すなわち所得水準では中所得国でありながら技術的には超大国であるという二面性や、西洋の中間層がグローバルな所得順位を下げたことへの反発が、政治に与えた影響について掘り下げました。また、Milanovic氏が提唱する、労働所得と資本所得の両方で上位に位置する新しいエリート階級「ホモ・プルーティア」の台頭と、その自己認識についても考察しています。さらに、この新しい国家主導の経済政策が、大国間の紛争リスクを高める一方で、国際的な枠組みの再交渉による安定的な均衡の可能性についても議論が及びました。
エリートの自己認識と三つの不安
今回の対談は、司会のJoe WeisenthalがTracy Allowayに「自分をグローバルエリートだと思うか」という個人的な問いかけから始まりました。Tracyは、複数の国で育ち、国際学校に通い、いわゆる有名大学を卒業し、リベラルメディアで働く自分は古典的なエリート像に当てはまるだろうと認めつつも、実際に自分をエリートだと思う人はいないのではないかと答えています。
Joeはさらに踏み込み、客観的に見れば自分たちはフォーチュン500に名を連ねる大企業で良い仕事に就き、歴史上最も高学歴な層に属し、空調の効いた快適なオフィスで働いているため、間違いなくエリートだと分析します。しかし、その一方で彼は、自分の人生の後半戦を考える上で、三つのエリートとしての地位不安を感じていると打ち明けました。
第一に、AIの台頭です。AIが自分たちの仕事や勤め先企業に何を意味するのか、誰にも正確には分かっていないという不確実性が不安の種だと語ります。第二に、アメリカの国内政治です。彼の見るところ、米国の政治はさまざまな面で軌道を外れ続けており、それが多くのことに悪影響を及ぼす可能性があります。そして第三に、彼が北京語を話せないことです。もし中国が経済活動の真の中心地となり、製造業だけでなくサービスや金融の分野にまで「チャイナショック」が及んだ場合、北京語を話せない自分はその世界でほとんど貢献できなくなるのではないか、という懸念を示しました。
AI翻訳と『90 Day Fiancé』の教訓
Joeの北京語に対する不安に対し、TracyはAI翻訳ガジェットを使えば言語を学ぶ必要はないと提案しました。AI翻訳機の中には非常に優秀なものもあり、二人の話者が画面を挟んで話すと自動で翻訳されるデバイスも登場しています。
しかしJoeは、そうした技術がポッドキャストやビデオメディアでどこまでうまく機能するかは疑問だと返します。Tracyもこの点には同意し、自らが視聴しているリアリティ番組『90 Day Fiancé(アメリカ人と外国人が国際恋愛・結婚をする番組)』では、出演者が翻訳アプリを多用するものの、その多くがとんでもない誤訳を引き起こしていると紹介し、テクノロジーへの過信に釘を刺しました。
米中緊張の拡大と経済ナショナリズムへの回帰
Joeは、米中間の緊張が第1次Trump政権から直線的に高まり、コロナ禍で加速し、今や欧州にまで拡大していると指摘します。欧州では中国への不安、特に産業競争力の喪失に対する懸念が、最重要課題として浮上しているのです。
Tracyもこの流れを補足し、それは単なる中国問題を超えていると述べます。パンデミックや戦争など、相次ぐ国際的な混乱を目の当たりにした各国政府が、自国内でのサプライチェーン構築、製造基盤の強化、重要資源の確保に必死になっているのです。これはアジアから生産を引き離し、すべてを国内に回帰させようとする、明らかな経済ナショナリズムの動きだと彼女は総括しました。
Joeは、自分はもうすぐ46歳になり、人生の折り返し地点に差し掛かっていると述べ、人生の前半はある特定の国際秩序から多くの恩恵と特権を享受してきたと振り返ります。しかし、その秩序が人生の後半も同じように持続するかどうか、確信が持てなくなっていると率直な心境を吐露しました。
新自由主義の覇権と「陰陽効果」
Joeが、Milanovic氏の著書の冒頭で示唆に富む指摘があると話題を振りました。大恐慌の直後、資本主義を安定させるために政府が介入し、社会主義の要素をわずかに注入することで資本主義を救った。そして今度は、戦後の社会主義国が市場の要素を注入することで社会主義を救う可能性があった。この「陰陽効果」とも言うべき、二つの異なるシステムが互いの要素を取り入れて安定を図るダイナミクスについて、Milanovic氏はどう考えているのかという質問です。
Milanovic氏は、その考えこそが、彼が1989年にJeff Sachs氏に対して抱いた大きな誤解の核心だったと振り返ります。1989年に最初の著書が出版された際、彼は書店で見つけたその本を、ポーランド支援で知り合ったSachs氏とDavid Lipton氏にプレゼントしました。その時、Milanovic氏はSachs氏に「社会主義を救おうとしているのですか」と尋ねました。大恐慌後にケインズが資本主義を救うために社会主義の要素を注入したのと全く同じように、市場原理や民営化の導入は、社会主義という枠組みを維持するためのものだと信じていたのです。しかしSachs氏から返ってきた言葉は「僕は社会主義を葬り去ろうとしているんだ」という、全く正反対のものでした。Milanovic氏は、同じ現象を見ながら両者が正反対の解釈をしていたこの逸話を、今では面白いエピソードとして紹介しています。
ただし彼は、この市場原理の導入によって枠組みを維持するというアイデアは、中国において現実のものとなったとも指摘します。皮肉なことに、Milanovic氏が当時想定していた東欧やソ連ではなく、中国こそが社会主義体制を維持しながら市場を受け入れ、誰もが予想しなかった技術的超大国への変貌を遂げたのです。15年前にノーベル賞クラスの経済学者たちが「中国は決して技術的に発展しない」と書いていたことと現在の現実を比較すれば、この変化の劇的な規模が浮き彫りになります。
新著の目的と1989年の大きな誤解
Milanovic氏は新著を執筆した目的について、自伝を書こうとしたのだと説明しました。もっとも、本の中に彼自身のことはほとんど登場しません。彼が扱ったのは、1974年の新国際経済秩序の構想から始まり、その失敗、単極化の時代、米国の経済的・政治的・軍事的・イデオロギー的覇権、そして新自由主義的グローバリゼーションと呼ばれるその秩序が、まさに今終焉を迎えようとしているという壮大な歴史的プロセスだからです。
ここで一つのエピソードが紹介されます。Milanovic氏の最初の著書は1989年に出版されました。彼は、ポーランド支援で知り合っていたJeff Sachs氏に献本した際、Sachs氏が何をしているのかと尋ねました。Milanovic氏は「社会主義を救おうとしているのだろう」と考えていました。大恐慌後に資本主義を救うために社会主義的な要素を導入したのと同じように、今度は市場原理と民営化を導入することで社会主義という枠組みを維持しようとしているのだと信じていたのです。しかしSachs氏から返ってきた言葉は「僕は社会主義を葬り去ろうとしているんだ」という、全く正反対のものでした。
Milanovic氏はこれを自身の大きな誤解だったと振り返ります。同じ現象を見ていながら、二人は正反対の解釈をしていたのです。ただし彼は、この市場導入による枠組み維持というアイデアは、中国でこそ現実のものとなったとも指摘します。中国は共産党体制を維持しながら、誰もが予想しなかったほど深く市場を受け入れ、技術的超大国へと変貌を遂げました。15年前にノーベル賞クラスの経済学者たちが「中国は決して技術的に発展しない」と書いていたことと現在の現実を比較すれば、その変化の劇的さがわかります。
「国民的市場自由主義」とは何か
Milanovic氏は、現在出現しつつある経済秩序を「国民的市場自由主義」と呼んでいます。彼によれば、自由主義や新自由主義は、国内における自由な価格競争や、社会的には平等主義といった側面に加え、国際的には自由貿易や資本移動の自由といった要素を持つ、三位一体のイデオロギーでした。しかし現在、この国際的な部分が完全に切り落とされ、「近隣窮乏化政策(beggar thy neighbor)」とも言えるゼロサム的な重商主義に取って代わられていると指摘します。
その一方で、米国のTrump政権やフランスのMacron政権などは、国内政策においては新自由主義的な路線を継続、あるいは深化させているとMilanovic氏は見ています。国際的には国家間の競争を重視し、国内的には市場原理を維持するという、この歪んだ組み合わせこそが「国民的市場自由主義」の本質です。この考え方は、人々が無意識のうちに「米国にとって良いか悪いか」という国家単位の損得で経済を語るようになった現状とも符合します。Milanovic氏は、かつて同僚の著名な経済学者が、一般的な経済原則の議論の最中に「しかし、米国にとっては悪い」と口にしたことに衝撃を受けたエピソードを紹介し、経済学の思考そのものが重商主義的な世界観に染まっていると警鐘を鳴らしました。
これは、国際関係論における「絶対的利益」と「相対的利益」の対立そのものです。純粋な経済学者であれば、世界全体にとって良いかどうかで判断すべきところを、気がつけば誰もが「我が国にとっての国益」という重商主義的な思考枠組みを受け入れているのです。
中国の「二重性」──中所得国にして技術超大国
Milanovic氏は中国について、人々がこの国を語る際に、経済的・軍事的な「脅威」と「発展途上国」という二つの相反する見方を同時に持つことの矛盾を指摘します。彼が最近中国を訪れた際、多くの中国人自身が自国を豊かな国とは認識しておらず、国際的な学術誌への投稿料が「先進国」料金に値上げされたことに驚く人々がいたといいます。公式には「ややゆとりのある社会(moderately prosperous society)」と位置づけられているように、農村部には絶対的貧困ライン以下の人々がいる一方で、人工知能の分野では世界をリードする。この乖離こそが、中国を理解する上での最大の難しさだとMilanovic氏は述べます。
この技術的な超大国としての地位は、西側諸国に大きな不安を引き起こしています。Milanovic氏は、この中国への懸念が国家レベルの競争と、個人レベルの所得順位の低下という二つの次元で作用していると分析します。彼の有名な「象のチャート」が示したように、グローバリゼーションの下で、西洋の中間層の所得は世界的に見て相対的に順位を下げました。かつてサッカーワールドカップを観戦しに行く余裕のあったイタリアの中間層が、今ではそれが難しくなっている、というMilanovic氏の例え話は、この抽象的な地位の低下を具体的に示しています。こうした国内の不満に対し、富裕層への課税や公共教育への投資といった国内政策で応じる代わりに、「中国のせいだ」と国際的なスケープゴートにすることで対処する政治的選択が、2016年のTrump政権誕生を境に加速したとMilanovic氏は分析しました。
また、Milanovic氏は、中国のソフトパワーが限定的である理由の一つとして、中国人が自国のことばかりに関心があり、他国についての著作が少ないことを挙げました。旧ソ連の歴史家リチャード・パイプスが、自身の著作でロシア人の自己認識に影響を与え、英雄として迎えられた例と対比し、中国には他国に深く入り込み、その自己認識を形作るような知的影響力が欠けていると指摘しています。
新自由主義の覇権と中国消費経済の特性
1990年代の新自由主義の空気について、Milanovic氏は当時ワシントンの世界銀行で働いていた経験から、そのイデオロギーは「常識」として完全なヘゲモニーを握っていたと振り返ります。それが木でなく鉄であると議論する余地すらなく、異を唱える者は教育を受けていないか、狂人かのように扱われたのです。
その中で中国は、まるでスリーパー(潜伏工作員)のように息を潜め、まったく波風を立てませんでした。西側の多くの人々は、中国が韓国や台湾のように豊かになり、民主化し、やがて「普通の資本主義的な自由主義国」になるだろうと楽観的な期待を抱いていました。しかし現実はそのシナリオから大きく外れています。
中国経済の特異な点として、消費の弱さが話題に上がりました。中国のGDPに占める消費の割合は40~45%程度と、米国の70%、インドの50%と比べても極めて低い水準にあります。Milanovic氏は、この背景には政治的経済学的な理由があると分析します。国有企業が多額の内部留保を抱え、それが高速鉄道やAI、宇宙開発、アフリカへの影響力拡大といった国家プロジェクトに振り向けられているのです。賃金の伸びが抑制されているとはいえ、それでも年3~5%の上昇があるため、不満が爆発するには至りません。一方で、農村部を中心とした社会保障の不足が高い貯蓄率の一因となっていることも確かだと指摘し、政府が本気で消費を増やしたいのであれば、社会移転を増やせば即座に効果は出るはずだと述べました。
「ホモ・プルーティア」──新しいエリートの肖像
Milanovic氏は著書の中で、現代の米国における新しいエリート層を「ホモ・プルーティア(Homo Plutia)」と名付けました。これは、全米の上位10%、約3000万人に相当する層の中で、労働所得と資本所得の両方で上位10%に入る人々が増加している現象を捉えた造語です。19世紀の資本家が主に資本所得で富を築いたのとは異なり、現代のエリートは高額の給与を得ながら、同時に株式配当などの不労所得も享受しています。
Milanovic氏は、この階級の特徴として、自分たちの成功は努力と実力によるものだという強い「自己 deserving 感」を持っている点を、Daniel Markovits氏の研究を引用しながら指摘します。彼らは懸命に働き、質の高い教育を受け、その結果として富を得たのだから、当然の報いだと信じているのです。さらに、その特権を子供たちに継承させようとする一方で、自らは「フォークシー・エリート(folksy elite)」、つまり庶民的なエリートを装う傾向があると、Milanovic氏は鋭く観察します。自らの成功を公教育の賜物と語りつつ、実際には非常に潤沢な資源を持つ名門州立大学の出身であるといった振る舞いがその典型です。この、資本所得と労働所得の両方を備え、自らを当然の勝者と見なすエリート層の出現は、資本主義の歴史上、極めて強固で打ち崩しがたい階級を生み出しているとMilanovic氏は分析します。
欧州の苦境──エネルギー、移民、中国依存
Milanovic氏は欧州、特にドイツの苦境についても踏み込んだ見解を示しました。自動車産業を中心に、欧州もまた中国から直接的な競争圧力に直面しており、それがTrump的な対中観への同調を生みやすい土壌になっています。しかし彼は、欧州の困難の本質はより深い矛盾にあると指摘します。
欧州の成長を過去40~50年にわたって支えてきたのは安価なエネルギーでした。ところがウクライナ戦争を契機に、自らロシア産エネルギーを断ち切り、はるかに高価な米国産エネルギーを購入する道を選びました。さらに、人口減少を食い止めるために移民は不可欠なはずなのに、北欧諸国をはじめとする多くの国々で移民排斥の動きが強まっています。スペインが中南米移民に寛容な例外である程度で、大陸全体としては、必要な人材を拒み、必要な資源も自ら放棄するという矛盾した状況に陥っているのです。
こうした中で生まれた対米同調について、Milanovic氏は、檻の中の虎に接するような本音と建前があるかもしれないと分析しました。つまり、多くの欧州のエリートは、虎が通り過ぎるまでただ機嫌を取って生き延びようとしているだけで、本当に賛同しているわけではない可能性を指摘したのです。
中国不安のグローバルな拡散と国家安全保障のジレンマ
米欧で燃え上がる中国不安が、産業化を志す発展途上国にも拡散するかという問いは、対談をより根源的なジレンマへと導きました。ブラジルにはEmbraerという航空機メーカーがあり、中国のCOMACとの競合は避けられません。マレーシアが低価格の中国製EVの輸入を制限する動きも報じられています。Foreign Affairs誌には、中国が高度な製造業だけでなく中程度の製造業でも優位に立てば、通常であればその分野に移行するはずの国々までも締め出してしまうという、インドの視点からの論文が掲載されました。
これに対しMilanovic氏は、中国があまりに効率的で優れていること自体を問題視するのはおかしいという、古典的な自由貿易の論理も提示します。しかしすぐに、その反論として国家安全保障の問題を自ら提起しました。自動車を作れる能力は究極的には戦車を作れる能力と地続きであり、デュアルユース技術の製造力を失うことは、Alexander Hamiltonが喝破したように国家主権の喪失に他なりません。これは、大国がヘリコプターを必要としたときに産業基盤が空洞化していれば調達すら不可能になる、という現代のドローンをめぐる状況にも通じる現実的な脅威です。
Milanovic氏はこのジレンマを、著書の第二章で提示した「開放は戦争である」というホブソン、レーニン、ルクセンブルクの系譜に繋がる議論だとしました。自由貿易が普遍善であるという1990年代の世界観こそが幻想であり、国家安全保障の観点からは、他国一般に対する健全な警戒心が必要なのだと述べています。
貿易の恩恵と国防のジレンマ
中国の効率性を批判することの矛盾は、私たちが日常的に享受している恩恵を考えれば明らかです。手頃な価格のコンピューターや携帯電話、安価な玩具など、生活のあらゆる場面で効率的な中国生産の恩恵を受けています。JoeもTracyも、こうした安価な製品の恩恵を誰よりも享受している一人だと認めています。
しかしJoeが指摘するように、問題は単なる経済効率性の話では終わりません。自動車を製造できる能力は、究極的には戦車を製造できる能力と地続きであるため、デュアルユース技術の製造基盤を失うことは、アレクサンダー・ハミルトンがかつて喝破したように、国家主権の放棄に等しいのです。Milanovic氏もこの点を認め、国家安全保障の観点からは、大国が産業能力を失えば、必要なヘリコプターを自国で生産することすらできなくなると指摘します。小さな国にとっては問題にならなくとも、大国にとって製造基盤の空洞化は決定的な脆弱性となるのです。
この点について、JoeとTracyは自分たちが2000年代初頭に国際関係論の学位を取得したことに触れ、リアリズムの基本的な前提として、こうした安全保障のジレンマには馴染みがあると述べました。Milanovic氏は、このような現実主義的な世界観を受け入れるということは、1990年代に信じられていた「自由貿易が自動的に平和をもたらす」という新自由主義的な世界観こそが幻想だったと認めることに他ならない、と結論づけました。
新たな時代のアナロジーとリスク
中国の台頭について、Milanovic氏は、そのスピードと規模において歴史上に類例がないと断じます。彼が行った研究では、中国の都市部人口の上位5%にあたるエリートの所得源は、1988年には国有企業や政府などの公的部門が3分の2を占めていました。しかし2018年にはこれが逆転し、3分の2が民間企業からの所得になっています。これは、産業革命期の英国で資本家階級が地主階級に取って代わるのに150年かかったプロセスが、中国ではわずか40年で進行したことを意味し、変化の激烈さを物語っています。
この「国民的市場自由主義」の台頭は、大国間の軍事的対立のリスクをはらんでいます。Milanovic氏は、貿易が平和をもたらすというモンテスキュー的な楽観論と、市場を巡る争いが国家を戦争に駆り立てるというホブソンやレーニンの議論を対比させ、現在の状況は後者に近いと示唆します。しかし彼は、楽観的なシナリオも提示します。それは、ウクライナや中東での戦争を停止させ、中国やインドなどの新興国がより大きな影響力を持つ新たなブレトン・ウッズ体制を再構築するという道です。そのためには、各国が自国の安全保障上の必要から国内生産を重視する、アレクサンダー・ハミルトン的な現実主義を受け入れつつ、完全なブロック経済化を避ける均衡点を探ることが不可欠だとしています。
グローバル不平等の未来と「教育的な税」
世界的な不平等への対策について、Milanovic氏は国家間の不平等と国内の不平等を分けて考える必要性を説きました。グローバルな不平等を縮小する唯一の方法は、貧しい国々の高成長であり、その成否は今後のアフリカの成長にかかっていると述べます。彼が具体的に挙げたのは、ナイジェリア(人口2億2000万人)を筆頭に、1億人規模の国々が5カ国から6カ国存在するという事実です。このアフリカの人口大国群を合わせれば約10億人に達し、年率2%という世界で唯一の高い人口増加率を維持している地域こそが、21世紀のグローバル不平等の趨勢を決定づけるとMilanovic氏は強調します。
かつては中国の高成長が自動的に世界の不平等を縮小していましたが、今や中国が豊かになりすぎたため、その成長はむしろ世界の不平等を拡大させる方向に働くという逆説を、Milanovic氏は中国の学生たちに説明したといいます。中国の学生たちは、自国の成長が不平等を拡大すると聞いて、それを「成長するな」という非難と受け取ったという反応が印象的です。
国内の不平等に対しては、教育の重要性を強調しつつ、「教育的な税(pedagogical tax)」の構想を披露しました。これは、超富裕層に対し、社会を支配させないというメッセージを込めて課税するという考え方で、特定の税率を主張するものではないものの、その根底には富の過度な集中が民主主義を脅かすことへの強い危機感があります。Milanovic氏によれば、同様の考えはZupan氏も提唱しており、Piketty氏はさらに強力な課税を主張しているとのことです。彼が税率を問題にしないのは、この税の本質が財源調達よりも、社会の主権者が誰かを再確認させるための民主主義的な教育装置だからです。
トランプと習近平──エリート抑制という共通項をめぐる矛盾
Tracyが、著書141ページの記述に疑問を投げかけました。そこには「Trump、Xi Jinping、Vladimir Putinの政策は、マネーエリートの完全な経済的・政治的支配を食い止めようとしている」と書かれているのです。Tracyは、Trumpが富裕層減税など極めてオーソドックスな経済政策を推進し、かつてないほど大企業の経営者を政府中枢に招き入れている現状を見ると、この記述には違和感があると指摘しました。さらに彼女は、こうした見方はTwitter上のポストリベラル派が好んで口にする空想、つまりTrumpが密かに異端の経済思想を持っているかのような言説に近いと批判的に付け加えました。
Milanovic氏は、彼の主張は彼らが実際にそうであると言っているのではなく、彼らが権力の座に就いた理由に注目すべきだという趣旨だと説明しました。7700万人もの有権者がTrumpに投票したのは、新自由主義的グローバリゼーションの勝者であるエリートへの強い不満が根底にあったからです。Trumpは自らをエリートと戦う者として演出しましたが、実際にはエリートそのものであり、その政策もまた富裕層優遇です。そうであるにもかかわらず、反エリート感情を原動力として政権を奪取した、という矛盾こそが重要なのです。
これに対し、Milanovic氏はXi Jinpingの事例を、より意図的なエリート抑制の実例として挙げました。かつて江沢民時代の「三つの代表」は、共産党内での富裕層の影響力を思想的に正当化しましたが、Xiはこれを明確に否定し、党内の意思決定機関から「金持ち」を排除する粛清を行いました。ここでMilanovic氏は、真偽は不明と断りつつ、一つの象徴的な逸話を紹介しました。Jack Maが自身のIPOが承認されないと知らされたのは、財政部の中堅官僚からの一本の電話によってだったというのです。中国ではこうしたことは偶然には起こりません。これは「お前の相手は財務省ではない、中堅官僚だ。それがお前の格だ」という、強烈なメッセージとして機能したとMilanovic氏は解説しています。
相対的地位の低下──ワールドカップからディズニーランドまで
対談の後半で、JoeとTracyはMilanovic氏のワールドカップ観戦費用の例えに話を戻しました。Tracyが、ワールドカップのように他国の富裕層の存在が自分の相対的地位を直接的に脅かすものは、実は世の中にそれほど多くないと指摘します。Joeもこの見方に同意しつつ、数少ない類似例としてディズニー休暇を挙げました。1970年代や80年代には中央値の所得の世帯でも手が届いたディズニー休暇が、今では難しくなっているのは、裕福な層が世界中で爆発的に増えたからだという観察が一部でなされています。
Milanovic氏が象のチャートで示したのも、まさにこうした現象です。グローバルな中間層がアジアで誕生する一方で、西洋の中間層は相対的にその地位を下げた。この抽象的な統計が、具体的な消費体験の変化として立ち現れているとJoeは指摘します。しかし彼は同時に、政治的反発のすべてを経済的不平等に還元することには懐疑的です。Trumpの2016年の成功の大きな部分は「壁を建設する」というスローガンに象徴される移民排斥であり、それは富裕層の経済的成功に対する嫉妬とは全く異なる感情に根ざしています。Joeの言葉を借りれば、「メキシコ人の変圧器を締め出すために壁を建設しているわけではない」のです。この移民問題と文化的変容への反発は、2024年の選挙でも、Biden政権のリベラルな国境政策への不満という形で、再びTrump支持の大きな原動力になったとJoeは分析しています。
グローバル化から内向きへ──現代の大きな物語
対談後、JoeとTracyは改めて「象のチャート」の社会的浸透度に驚きを隠しませんでした。2014年から2015年にかけて、世界中の無数のプレゼンテーション資料に登場したあのチャートの存在を、今回の予習で久しぶりに思い出したと振り返ります。TracyはJoeに、子供たちに「庶民的なエリート」としての資格を証明するために相続を一切残さないと伝える瞬間に立ち会いたいと冗談を飛ばしました。これに対しJoeは、娘がテレビか友達から「信託基金(トラストファンド)」という言葉を覚え、自分にもあるのかと期待を込めて尋ねてきた時のエピソードを披露し、人々から軽蔑されるような存在になってはいけないと諭したことを明かして笑いを誘いました。
Joeはその後、より真剣な論点に立ち返り、今回の大きなテーマに対する個人的な違和感を口にしました。グローバル化の反動やエリートへの不満を説明する際、経済的不平等だけが強調されがちですが、彼はTrumpの選挙的成功の裏には移民問題や文化的変容への反発といった、よりプリミティブな要素があると感じているのです。「壁を建設する」というスローガンは、富裕層の成功を妬む感情とは全く異なる次元の話であり、その点は常に念頭に置くべきだと付け加えました。
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