a16z Podcast解説:StripeのAI戦略──エージェント商取引・ステーブルコイン・トークン経済(ゲスト: Will Gaybrick)
2026年8月17日
概要
a16zのポッドキャストの今回のエピソードでは、StripeのWill Gaybrick氏を迎え、Stripeが決済処理企業から金融インフラのマルチプロダクト・プラットフォームへどう変化したかを振り返りつつ、AI時代のソフトウェア生産性、エージェント商取引、ステーブルコイン、トークン経済の今後について議論しています。Gaybrick氏は、Stripeの価値提供を「摩擦を減らし、主体性を増やす」ことと表現し、直近では無料トライアルの不正利用対策やグローバル税務対応などで、AIとStripeネットワークのデータを組み合わせた取り組みを進めていると説明しました。
また、Stripeの出荷速度を支える仕組みとして、1回の指示でプルリクエストを最後まで作り切る社内エージェント「Stripe Minions」や、セールス向けナレッジAI「Kai」を紹介しています。同社はAIをコスト削減の手段ではなく、より多くのプロダクトを作るための機会と捉えており、ジェボンズの逆説を引きながら「生み出せるものを最大化する」方針を示しました。
後半では、エージェントがB2Bサービスを導入する世界観、マイクロトランザクション、ステーブルコインのグローバル決済インフラとしての可能性、決済特化ブロックチェーンのTempo、そして「トークン経済」におけるStripeの役割まで、幅広いテーマが語られました。
Stripeの現状:決済企業から金融インフラのマルチプロダクトへ
Gaybrick氏は、Stripeは現在、決済処理に付随サービスを足す会社ではなく、請求・サブスクリプション・請求書発行、プラットフォームやマーケットプレイス向けのConnect、不正対策のRadar、税務など、売上と現金に触れるすべての摩擦を減らし、企業の主体性を高めるマルチプロダクトの金融インフラ企業になったと説明します。名がつく主要プロダクトだけでも25〜30程度あり、機能まで含めれば数百から数千に上るとしています。
番組内では、平均的なAI企業がStripeの11のプロダクトを使い、Sessionsでは288のプロダクト発表があったとも紹介されました。同氏は、Stripeの枠組みは「摩擦を減らすこと」と「主体性を増やすこと」の2つだと整理しています。
具体例として挙げられたのが、AIソフトウェア企業で顕在化した無料トライアルの不正利用です。AI以前はソフトウェアの限界費用が小さく、多少の多重アカウントは大きな問題になりませんでした。しかし、ソフトウェアがモデル推論などのコストを伴うようになると、無料トライアルの不正利用が問題になるケースも出てきました。Stripeは週末で、基盤モデルとStripeネットワーク全体のデータ、エンベディング、推論レイヤーを組み合わせた仕組みを構築し、ElevenLabsでは1日あたり2,000件の無料トライアル不正利用者をブロックしているといいます。
さらに、不正行為者を特定する仕組みには強いネットワーク効果があるとも指摘されました。投資家や、その恩恵を受ける企業の立場からも、この点は非常に強力だと受け止められています。
主体性を高める側面では、グローバル税務の例が紹介されました。多くの国で登録・税額計算・納税をしなければならない負担は依然として大きく、AEFsという企業は、本拠地を持つ市場では自ら販売者となりつつ、その他の市場ではStripeが実質的な販売者として税務処理を担う仕組みを使っていると説明しています。
スタートアップと大企業の両面戦略
Stripeの起源はスタートアップ向けにあり、オンラインで物を売るための支払いを簡単に立ち上げられることが出発点でした。DoorDashやInstacartをY Combinatorにいた時期に獲得し、その後彼らとともに成長してきたことは、Stripeの成長とビジネスモデルの美点の一部としてよく知られています。
Gaybrick氏は、ClerkのColin氏が「Stripeの戦略は、すべてのスタートアップを獲得し、その後に再び獲得すること」と表現していたと紹介しました。スタートアップは野心的で、将来の大手企業へ成長する可能性が高く、次の機会を察知するカナリアでもある点が重要だとしています。
さらに同氏は、スタートアップはStripeの顧客の中で最も要求水準が高いとも指摘します。大企業向けのレポートは既存大手より良いと評価される一方、スタートアップからは「まだまだだ」と厳しいフィードバックが来るため、それがStripeを改善させてきたという趣旨です。その結果、同社はスタートアップを獲得した後も長期的に付き合い、エンタープライズ領域へと引き上げられてきました。現在はFortune 500企業のすべてではないものの、かなりの割合と取引しており、AmazonやMicrosoftなども利用しています。正確な取引割合は把握していないものの、まだ半分には達していないが、そこに近づきつつあるとしています。大企業では営業サイクルや契約後の立ち上げに時間がかかる一方、スタートアップは即座に利用を始めるという違いがあるものの、基本は「ユーザーに近づき、ニーズを聞き、重要指標で優れていることを示す」という同じ動きだと述べました。
AI時代の急成長:2026年コホートは前年比で大きく拡大
Gaybrick氏は、Stripeの成長が加速している背景を2つの変化で説明しました。1つ目は、AIによって新規事業の創出余地が広がり、以前は作れなかったソフトウェアを作れるようになったことです。2つ目は、エージェント型コーディングによってソフトウェアを構築するために必要なエンジニア数が大幅に減り、ソフトウェアを作るコストが下がったことです。
具体的には、4年前にはSunoを構築することはできず、Higgsfieldも構築できませんでしたが、いまではそのようなソフトウェアを生み出せるようになっています。作りたいものを構築するために必要なエンジニアが大幅に減ったことで、ソフトウェア制作のコストも大きく下がり、新規ソフトウェアの爆発的な創出が起きていると説明しています。
その結果、ソフトウェア企業の新規参入が増え、Stripe Billingの利用増加率はStripe全体の利用増加率を大きく上回っているとしています。番組では、2026年上半期の新規登録が前年同期比で50%増加し、2026年コホートの中央値は2025年コホートより50%多くの収益を生み、2025年コホートは2024年コホートより70%多くの収益を生んでいると紹介されました。
なぜ大量のプロダクトを出せるのか:Stripe Minionsと創設者的エージェンシー
Stripeは歴史的にスピードを重視してきたといいます。Gaybrick氏は、GoogleのOKR、Microsoftの営業組織、Appleの品質基準、FordとBoeingを率いたAlan Mulally氏の日々の運営手法など、各社の仕組みを学びながら長期に存続できる組織を作ろうとしてきたと説明しました。Appleに似たDRI文化や製品レビューの進め方も取り入れられています。
一方、AI時代に入ってからは「1人のエンジニアが2年前の2チーム分の仕事をできる」世界になり、単純に前例を真似るだけでは足りなくなっています。そこでStripeが目指しているのが、社内を創設者のためのプラットフォームにすることです。買収したMetronomeのScott Woody氏がBillingを率いるなど、創業者たちがStripe内部で活躍している例も挙げられました。
創業者はこれまでもStripeで非常に成功してきました。MetronomeのScott Woody氏だけでなく、過去数年に買収したPrivyやBridgeの創業者らも活躍しています。Henryは暗号資産の大半を率い、ZachはOpenUSDとBridgeを、PrivyのAAは暗号資産のエンジニアリングを、Lemon SqueezyのJR FarrはStripe Treasuryをそれぞれリードしています。
その一方で、上級エンジニアが非常に強力になったことにより、今後の組織の形には複数の選択肢があるとGaybrick氏は述べました。エンジニアを大幅に減らす方向もその1つであり、実際に多くの企業は新しいエージェント的な効率性とパワーをコスト構造の最適化に使う方向へ傾きました。しかしStripeの信念は、この状況をコスト構造の最適化ではなく、すべてを作る機会と捉えることだと説明しています。
現在の進歩を妨げている主なものはバックオフィス的な業務です。昨年よりはるかに多くのコードをマージしており、それがすべてのシステムに負荷をかけています。セラーシステムへの反映、価格ページへの反映、セラーを十分な速さで訓練できないことなどが課題になっており、Stripeでは製品開発のアイデアとユーザー要望から、製品がユーザーの手に渡るまでのクリティカルパスの全フェーズを最適化しようとしています。そのためには、開発者生産性チームがツールを継続的に改善していくことも重要だとしています。
同社は「Stripe Minions」という仕組みを作っており、これはエンジニアがプロンプトを与えると、エージェントがコードを書き、CI/CDやテストを通し、レビューまで一気に進める「ワンショット」の開発を目指すものです。2026年1〜2月時点では週1,200件のプルリクエストをMinionsが作成していましたが、直近では週7,000件に達し、その週の約30%のプルリクエストがMinions由来だったとしています。
世界はワンショット、またはエージェントを極めて強力にする「glorified real loop」へ向かっているとStripeは考えています。開発者向けツールを磨き、社内プロセスが邪魔をしないようにすることが、速く進む方法だとされています。インタビュアーは、Minions由来のプルリクエスト比率30%が、1年以内に非常に高い割合になると想定しています。
組織面では、よりフラットで小さなチームへ傾いているといいます。Stripe Projectsでは、ほぼ1人の上級エンジニアとプロダクトマネージャーが中心となり、そのエンジニアが16体のエージェントを調整しながら開発を進めた例が紹介されました。チーム人数の標準を固定的に決めているわけではないものの、従来8人で1つのことをやっていたチームが、今は同じ人数で3倍のことをこなせるようになっていると述べています。
コスト削減より「全部つくる」:Kaiとジェボンズの逆説
AIをコスト構造の最適化に使う企業は多いものの、Stripeの方針は異なるとGaybrick氏は説明します。最善のコスト最適化は成長することであり、手つかずのユーザー要望は何年分も残っているため、それをより速く消化することが重要だと述べました。実際、多くの企業は新しいエージェント的な効率性とパワーをコスト構造の最適化に使う方向へ傾き、エンジニアを大幅に減らす、レイオフ、運営費削減といった動きも見られました。
社内向けナレッジAI「Kai」は、2人で6カ月ほど前に構築したツールですが、現在はStripe社内で週次アクティブ率が83%、日次アクティブ率が約60%に達しています。セールスの生産性は20%向上しましたが、同社は「セールスを減らす」とは言わず、「これならもっと多くのセールスを増やせる」と考えています。
Gaybrick氏は、ジェボンズの逆説に触れ、資産やツールの生産性が上がれば、必要な量が減るのではなく、むしろより多く使いたくなると指摘しました。SaaSプラットフォームの新規コホートは2026年に2025年と比べて103%拡大しており、ソフトウェア技術者は世界で増え続けるという見方を示しています。コスト削減は「自分の将来の可能性にショートすること」であり、より多くを作ることは「将来の可能性にロングすること」だと表現しました。
インジェクション成型に学ぶコード生産
Gaybrick氏は、現在のエージェント型ソフトウェア開発をプラスチックの射出成型になぞらえました。戦後に消費財や玩具が急拡大したのは、プラスチックを均一に溶かして金型に注入する技術が発達したからであり、コード生産も同じように「型」と「テンプレート」を作れば、エージェントに多くの作業を委ねられると述べています。マークダウン形式のエージェント用ファイルを各リポジトリに置き、金融機関との連携パターンを整備すれば、後はエージェントが実行し、人間の時間はコードレビューに集中できるようになるという考え方です。
実際に、Stripe Taxの米国内申告対応には長い時間がかかった一方、その後のグローバル申告対応ははるかに複雑でありながら、米国対応の約3分の1の期間で構築できたと説明しました。
エージェント商取引の現在地:欠けているプリミティブ
Gaybrick氏は、Opus 4.5のカンブリア爆発的な瞬間が、エージェント商取引ではまだ起きていないと指摘します。理由の1つは、プリミティブが不足していることです。StripeはTempoとともにマシンペイメントプロトコルを構築し、サービスが支払い条件を示し、402レスポンスで購入方法を返せるようにしています。
エージェント向けチェックアウトをどう設計するかは未解決の問題だとされています。ブラウザ自動化が進化しているため、エージェントがフォームを埋めるという方法も考えられる一方、いずれはネイティブな形になる可能性があります。Gaybrick氏は、チェックアウトページそのものがなくなり、商品ページ上で「買う」と言うだけで済むようになるだろうと述べました。人間向けにもStripe LinkやShop Payがあり、Linkは約4億ユーザーを抱えています。StripeはLinkエージェントウォレットとLink CLIも発表しています。
同氏が最も期待する分野の1つがB2Bです。Stripe Projectsを使えば、エージェントがVercelやBrowserbaseのようなサービスを、Webサイトで契約せずに導入できるようになります。デモでは、エージェントがBrowserbase上でESPNのページを操作し、NCAAのブラケットを自動入力する様子も紹介されました。
マイクロトランザクションとAIの「小さな消費」
Gaybrick氏は、エージェントが日常的なタスクを代行するには、小額の使い切り型消費が必要になると述べました。例えば、姪の誕生日に曲を作るためにClaude Codeを使う場合、月額9.99ドルや10.99ドルのアカウントをわざわざ作るのではなく、その場限りの利用と支払いができる方が自然です。
同氏は、過去にマイクロトランザクションが成功しなかったのは、購読型と広告型の間に挟まれていたためだと説明します。しかし、エージェントがウェブ上でデータや一時保存、計算をつまみ食いする「小さなハチドリ」のように動く世界では、人間がサービスごとにアカウントを作らずに済む仕組みが必要になります。予算が15ドルなら、その範囲でエージェントにサービスを発見・利用させるといった体験も可能になると述べました。
ステーブルコイン:より速く、安く、グローバルな送金
Gaybrick氏は、ステーブルコインは現在の送金手段よりも優れたプラットフォームだと説明します。インドのUPIでは5ドル未満の決済の約86%がUPI経由になっている一方、米国のカードでは同種の少額決済が1桁%にとどまるという例を挙げ、国内決済網は優れていても、グローバル経済では各国が合意できる共通の基盤が必要だと述べました。
Stripe Treasuryではステーブルコインをネイティブに扱い、米ドルやユーロ、英ポンドなどと同じように残高保持ができます。フィアット通貨では約60カ国でしかStripeを利用できませんが、ステーブルコインなら約150カ国で利用できるとしています。また、Felixは米国とメキシコの送金から始まり、数年で同回廊の送金の5〜10%を占めるまでになったと紹介しました。
Tempo:決済特化ブロックチェーンの狙い
Tempoは、決済に特化したブロックチェーンとして設計されています。Tempoでは、プライバシーを第一級の要素とし、スループットを犠牲にしない設計を目指していると説明しました。まだ初期段階ですが、DoorDashなどを含む企業と協力しており、Stripe内でデフォルトのブロックチェーンになることを視野に入れています。
トークン経済と「トークンはお金に近い」
Stripeはすでに2兆ドルを超える取扱高があると番組内で言及されました。Gaybrick氏は、トークンという言葉が「お金の近似」に聞こえる点に魅力を感じてきたと述べています。実際、CursorやReplitのような汎用トークン消費型プラットフォームでは、多重アカウントや不正利用など、Stripeユーザーに対する金銭的な攻撃と似た手口が高度化していると指摘しました。
そのためStripeは、ドルと同様にトークンを安全かつコンプライアンスに則って移動・保管・送金できるようにしたいと考えています。トークンの利用には、開発費として消費する「オペックス管理」と、プロダクト内でモデルを切り替えて性能を高める「プロダクト効率」の2種類があると整理しています。
また、ソフトウェアのコモディティ化という仮説はあるものの、現時点では逆にソフトウェア創出が爆発していると述べました。具体的には、ElevenLabsはStripeの14プロダクトを使っており、ソフトウェアの採用速度も過去最高だとしています。
品質とテイストをスケールさせる方法
最後に、Gaybrick氏はStripeが大切にしてきた品質を大規模に維持する方法について語りました。同社では、品質は文化として上から繰り返し言い続けることと、実際にプロダクトを使うことの2つが重要だとしています。航空機のシミュレーションや、NVIDIAがチップ性能をシミュレーションで検証するようになってから飛躍した例に触れ、Stripeでも実在のアカウントに似せた匿名データを作り、ランダム化した成長率や季節性、顧客からの紛争や返金を模擬体験できる環境に投資していると説明しました。
これにより、エンジニアリングマネージャーが「これは使い心地が悪い」と判断した場合、次のスプリントで品質改善に回す文化が回るようになっているといいます。Gaybrick氏は、Stripeの次のStripeを内部に作るという問いを掲げ、ユーザーに集中し、AIとともに作れるものを増やし続ける姿勢で締めくくりました。
▶ 同じシリーズの前回: The a16z Show 解説:Lighthouse vs Landgrab─AI営業戦略の選び方(ゲスト: Joe Schmidt氏、Andy氏) https://note.com/yondo/n/n6ff9d19cf92e
▶ このテーマの記事をまとめ読み: マガジン「AIとテクノロジーの現在地」 https://note.com/yondo/m/m23cc16367f2e
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