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名探偵よんしかの萌芽と残り香


奈良サポ、富山へ行く


ある朝のことでございます。その日、私は朝早くの新幹線・かがやきに乗り込み、一路富山を目指しておりました。見慣れた無機質なビル群を背後に置き去りにし、生い茂る緑や広々とした空を車窓に映し出すかがやきの車内で、一泊二日の旅への期待も野放図に膨らんでいました。そしてそのおおらかな気分のままに隣席に話しかけました。
「富山に着いたら何を食べようか。よさそうなお店があるんだけど、『大人のお子様ランチ』ってお店で、ワンプレートにハンバーグやらエビフライやらたこさんウインナーやら…」
そう話しかけた時です。周辺の乗客たちへの配慮のために低く抑えながらも、鋭くドスを響かせた罵声が私を襲いました。
「なんで富山でお子様ランチなのよ。洋食なのよ。富山行きが決まって以来、私が何度も言ったよね。4月が旬のホタルイカとかシロエビが食べたいって。新鮮な魚がおいしそうな食堂とかお寿司屋さんとかも、二人で検索しなかったっけ?」
なんで、富山で、洋食なのよ、お子様ランチなのよ。その頭はお飾りですか。ちょっとは考えて話しなさいよ」と。

うるさいのである。常識にとらわれた、富山では新鮮な海鮮というなんの新鮮味もないアイデアをどうもご苦労様、なのである。
いや、それはいい。私のような頭脳明晰発想柔軟アイデア秀逸を他者にまで求めるのは酷だろう。凡人が凡人なりの知恵を絞った意見を私は否定しない。
私が問題にしたいのは「ちょっとは考えて話しなさいよ」という、他人の積極的なアイデア提案を頭から否定する言葉を使ったことなのである。そういう言葉は簡単に積極性の芽を摘んでしまうし、それなら賢く黙っておこうという消極的態度を引き出してしまいかねないのである。

積極的態度は失われやすく、消極的態度・否定的態度は根深く蔓延ってしまいやすい、という現象。これはフットボールの世界でも同じように起こるものである。


消極の残り香と、積極の萌芽と

明治安田J2・J3百年構想リーグ、前半戦を終えて、我々が応援する奈良クラブは最下位に甘んじている。しかし、私はこの順位をさほど悲観的・否定的には捉えていない。私は阿呆なのか。思考停止型なんでも称賛派的なアーパー野郎なのか。そんなことはないのは、みなさんご存知の通りである。むしろ私の観察眼・分析力が鋭すぎ、頭脳が明晰すぎるが故に見えてくる、これからの奈良クラブが歩む道が、その先で奈良クラブが繰り広げるであろう美しいフットボールの光景が、私の肯定的態度の源泉なのである。

直近のツエーゲン金沢戦、そしてカターレ富山戦。この2戦のなかに、いま奈良クラブが何をしようとしているのか、どこに向かう道中にいるのかを象徴的に示すプレーがあったので紹介する。

一つ目はカターレ富山戦前半15分22秒あたりの右SB吉村選手のプレーである。左サイドのスローインから広大なスペースのある右サイドに位置どった吉村選手へとボールをつないだ奈良クラブ。実はDAZNの画角では映しきれていないのであるが、このシーンは奈良クラブにとって結構大きなチャンスであった。吉村選手の前方ではフリーで田村亮介選手が待ち構えていたのである。しかし、吉村選手の選択はいったんスピードダウン、というものであった。もちろん、これも間違いではない。積極的・攻撃的な前へのパスは得点機を作ることはできたが、当たり前のことだが得点につながるかどうかは確定的ではない。一方で、後ろでボールを落ち着かせる分には、ほぼ100%の確率でマイボールをまわす時間を創ることができる。安定的な判断だ。クレバーな吉村選手らしい、あるいは伝統的な奈良クラブらしい判断と言える。

そしてもう一つのプレー。金沢戦の森田選手のドリブルシュートである。鋭いボール奪取の後、50m近くを独力で運んでのスーパーゴール。このシーン、金沢DF陣は3人で森田選手を囲んでいた。しかし、誰も森田選手に対して身体を寄せてボール奪取を試みることも、プレーを遅らせようとすることもなかった。なぜか。私は推測する。彼らは経験的に判断していたのだ。「どこかで森田選手はスピードダウンしてパスを選択する」と。だからこそ、想定外の森田選手の積極性に、何も対処できないままだったのである。

現在の奈良クラブは、あえて吉村選手のようなクレバーな選択を捨て、森田選手のような積極性を是としながら、試合に取り組んでいると私は考えている。

ここで「おいおい、よんしかよ、お前はやはり阿呆だ」と思ったあなたはなかなか鋭い。あなたが指摘しようとした通り、攻守が一体であるフットボールにおいて、クレバーさと積極性はもっと紙一重の判断であり、目まぐるしい状況変化の中でクレバーと積極の是非もまた、目まぐるしく入れ替わる。二元論に単純化できるものではない。しかしである。いまの奈良クラブは、あえて二元論化してアプローチした方が効果的だと、大黒監督は考えているのではないだろうか。

新入社員はこうして言葉を失っていく


ちょっと想像してほしい。あなたが新入社員だとする。新入社員のあなたが会議に挑む。会議の場には、あなたと同じ新入社員や優秀そうな先輩、老獪感のあるベテランなどが同席している。会議に挑むにあたって上司があなたに言う。「会議は意見やアイデアを出さないと参加する意味がないからな、積極的に発言していけよ」と。

想像できただろうか。

その会議で、あなたは勇気をもって自分の意見やアイデアを披露した。限られた会議時間、その幾何かをあなたが発言するための時間として独占した。とは言えいくらあなたが優秀だとしても、まだ新入社員。簡単に効果的な意見やアイデアなど出せるわけがない。顔をしかめたベテランがいた。失笑した先輩がいた。同期からは心配そうな目を向けられた。
そして会議後、上司がこう言った。「積極的な発言はよかったぞ。でも、もうちょっと頭を使って発言した方がいいな」と。
こんな上司は最悪である。この上司の言葉はあなたを委縮させるだろう。積極的な発言はなくなり、先輩やベテランの意見に対して「自分もこう思うから賛成です」というような、それはお前の意見とは言えないよ、みたいなものを意見風に述べて波風立てず穏やかに会議の場をやり過ごすようになるだろう。

上司はこう言うべきなのだ。「素晴らしい積極性だ、つぎも頼むぞ。多少的外れでも、お前の後ろには俺がいるんだ、どんどん発言していけ」と。


号令と責任

お分かりだろうか。私の目には現在の大黒監督の発言や振る舞いは、こうした上司の正しき態度と同じように映っているのだ。
大黒監督にオーダーされたのは、「奈良クラブの良さを残しながら、より積極的に攻撃的にふるまえるチームをつくってほしい」というものだったと私は推察する。そして、過去数シーズンの奈良クラブの戦いぶりを確認した大黒監督の目には、奈良クラブの選手たちは消極的に過ぎると映ったのだろう。
よく「攻撃の選手は何度でもミスできる、DFはミスできないから大変」という言説が見受けられるが、実はこれは片方の側面だけを捉えた意見だ。
当たり前だがミスをしてボールを失うと、周りからの風当たりはそんなに良くはない。シュートを外した選手のすぐ近くで味方選手が「なんで俺にパス出さへんねん、この独りよがり大馬鹿野郎が」と言わんばかりに両手を広げながら非難している姿なんてしょっちゅう目にする。積極的に攻撃を仕掛ける、チャレンジするためにはとても大きな勇気を必要とする。たとえチームメイトやサポーターからの非難を浴びようとも、変わらずにチャレンジする勇気を持ち続けられる者だけが、優秀なアタッカーになれるのだ。そして、大黒監督は現役時代、そうした様々な非難の修羅場を乗り越えてきたアタッカーだ。消極的に過ぎる奈良クラブの選手たちのマインドをまずは変えていかないと、攻撃的なチームの実現なんてできないと判断したのだろう。

だからこそ大黒監督はインタビューにおいてもほとんど攻撃面にしか言及しない。守備に関しては何も言わない。彼は知っているのだ。監督の「守備もどうにかしたい」的な一言が選手に及ぼしてしまう影響の大きさを。
たとえば、練習で急に守備メニューが増えたら。選手のあなたはどう思うだろう。あれこれいろんな立場の想像を要求して恐縮だが、しっかりイメージしてほしい。限られた練習時間だ。そのメニュー構成は明確なメッセージとなってしまう。「今週はしっかり守備するぞ」。そして迎えた試合。あなたはどんな態度で試合に挑むか。まずは安定した守備から。そうなるのが当然である。しかし、それでは攻撃的なチームの実現なんて不可能だ。

今は幸いにも昇降格のない特別リーグだ。ここで選手に守備意識を植え付けるアクションをとらないことを大黒監督は自らに課しているのだろう。そして、その部分の責任は自分が担うと明言している。
責任とは何か。守備のこと、失点のことは気にしなくていい。負けるかもしれない。でも、これは来たるべき26-27シーズンのために、あるいは攻撃的な奈良クラブ実現のために欠かせない取り組みなのだ、というコミュニケーションを社長としっかりとるということではないだろうか。
選手の評価に対して、守備面・失点面を含めないでくれ。彼らの攻撃面・チャレンジ面での姿勢・成長・成果をしっかりと評価してほしい。そういうコミュニケーションをとり、選手たちが伸び伸びチャレンジできる環境を整えることこそが、大黒監督の責任なのだ。

選手は進化した、監督はどうか

富山戦の敗戦を私は富山県立総合運動公園のアウェイゴール裏で迎えた。選手たちがこちらに向かって歩いてくる。私は「面白いサッカーだった、次もこういうゲームを見せて欲しい」的なことを伝えたいと思っていた。しかし、森田キャプテンをはじめとする選手たちの表情を見て、私は言葉を飲み込んだ。めちゃくちゃ感覚的な話だし、本当のところは分からない。でも私の目には、選手たちの表情は「俺たちはもっとできるのに、今日はこんな感じで不甲斐ない、でももっとできるから。」という風に見えた。
失点シーンを思い返しても、みんな失点なんてまったく意に介していないようだった。速やかにセンターサークルにボールをセットする田村翔太選手をはじめ、みんなが「さあ今度は俺らが攻めるぞ」と意気込んでいた。
試合後の選手たちが浮かべた「今日は悔しいけど、でも俺らはもっとできるし、もっとうまい!次こそそれを見せてやる」という頼もしい表情・気概が、私に励ましの言葉を飲み込ませたのである。
そうなのである。選手たちはここ数ヶ月で、急激にうまくなった。いや、正確に言うと自らのうまさを強度の高いピッチでも恐れず表現できるようになった。もちろんミスはまだまだあるけど、こんなにパススピードの速い奈良クラブなんてかつてなかった。

最もうまく表現できるようになっているのはトラップだ。ただ止めるのではなく、次のプレー選択に最適な場所にボールを置くようにトラップできているシーンが格段に多くなった。たとえば金沢戦の4点目を生み出した佐藤選手のシュート前のトラップ。流れるような動作で迷いなくシュートできる位置にしっかりとボールを止めている。たとえば富山戦の1点目。石井選手のドリブルのワンタッチワンタッチが次のパスを効果的にするものになっているし、そのパスを受けた森田選手は相手ディフェンスを引きつけながらそれより素早く次のパスを出せる位置にボールを止めている。田村翔太選手のファーストタッチが直後の切り返しまでをイメージしてのものだとしたら、こんなに素晴らしいトラップはない。

選手たちは、大黒監督が求める積極性と攻撃性、そのために不可欠なピッチ上でのスキル向上を体現し始めている。ここからはいよいよ大黒監督の番だ。この積極性・攻撃性を摘むことなく、それでいてより勝利をしっかりと掴み取るための練習メニューをきちんと組んでいけるか。その手腕が、ちょうど同カテゴリーとの3連戦となる今週末からの注目ポイントになる。

だから今よんしかは、とてもワクワクしているのである。

無責任サポーター・よんしかの珍説


富山戦を終えた夕暮れ前のことでございます。帰京のための新幹線までの待ち時間をどこで過ごすか。私はまたもや素晴らしいアイデアを披露しました。
「おいしそうな餃子屋さんがあったから行ってみようよ」。
その名案に対してです。前日に吹き荒れていた記録的強風以上の激しさで非難の言葉を浴びせられてしまったのです。
「なんで富山2日目が、朝にカレーうどん、昼にガーリックドッグサンド(スタグル)、夜に餃子になるのよ。少しは頭を働かせてよ。もうしばらくの間(奈良クラブがJ2に上がるまで)はなかなか富山に来る機会なんてないのよ。普通は昨日食べられなかったお寿司とかでしょ。このなんでも思い付きを気軽に発言すればいいよね派の考えなし野郎が。そんなんだから鈴木大誠選手ボランチ魔改造中説なんて珍説を大勢の前でしたり顔で披露して冷笑されてしまうのよ。ちょっとは考えてからモノを言いなさいよね」。
うるさいのである。この消極性製造機め。その上、常識にとらわれて柔軟な発想まで失ってしまっていることに自ら気づけない愚か者め。
奈良クラブの守備の安定には、守備型のボランチが不可欠なのである。サイド攻撃をケアした時に人数不足となるディフェンスラインに入って、屈強でスピードのある相手FWと対等にやりあえるような選手が必要なのだ。残念ながら今の奈良クラブにこういうタイプの選手はいない。しかしである。鈴木選手は高校2年時にボランチを経験しているのである。やってやれないことはないのである。しかもである。今まで通り最後尾にいて指示出しする鈴木選手では、若手選手に消極的態度の源となる指示待ち状態を生みかねないのに対して、慣れないボランチに立つ鈴木選手は若手選手からも対等であり、自分の判断と鈴木選手の指示を天秤にかけながらプレーできるのである。いいことずくめではないか。まあ、これは私のような慧眼、頭脳明晰、センス◎、ひらめき◎、積極性◎、全身革新性な人間だから思いつける妙案で、大黒監督はそんなことは考えてもいないかもしれないけれど。どうでしょうね。面白いと思うんだけど。
おしまい。

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