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周回遅れの怨念

「寄る年波には勝てぬ」とはよく言ったものだが、
勝てぬ、ということは対戦よろしくといったわけでして。
まず“寄る年波氏”と同じ土俵に立たねばならぬわけだが……

寄る年波氏との対戦権は、一体どうすれば手に入るのだろうか?

寄る年波には勝てぬ
いつまでも若いつもりでも、加齢による体力や気力の衰えには逆らえないということ。

ことわざ辞典オンライン

若いつもりでいた試しがないからな。

十歳の時にはすでに、クラスメイトたちの“モー娘。になりたい”に対して
「今更遅えわ、もう十一歳だろお前ら。」と思っていた。
※吾輩は二月生まれなので誕生日がほぼ周回遅れである。

とはいえそう思っていたのはクラスメイトに対してのみでその他の十歳より上の人々には
「おうおう、老若男女、誰しも大志を抱け!」って思っていましたよ。
本当だよ!

クラスメイト(の一部)に対してのみ、
サムライスピリッツの天草四郎時貞の如く怨念を轟々と燃やしていただけだからな!

天草四郎時貞】(SAMURAI SPIRITS版)
島原の乱の後、天草の魂は幕府と自分を裏切った民衆への恨み、現世への未練によって冥府魔道を彷徨っていたが、暗黒神・アンブロジァと契約を交わすことで使徒として復活した。人間界を混沌に陥れる事を第一に考えている。

SNK公式サイト

吾輩、件の天草四郎時貞が登場するゲームことサムライスピリッツのゲームボーイ移植版ソフトを小学二年の五月、そう、七歳の頃手に入れた。
向かいのアパートの大学生が子どもの時に遊びまくったというシロモノである。

ちょうどこの頃、四歳で始めたバレエをようやく辞めた私は羽根を伸ばしていた。

一応言っておくが私は鳥でも、コウモリでも、妖精でも、天使でもないので
「羽根を伸ばした」の羽根はイマジナリーである。

そもそも私はバレエを習いたくなかったのだ!
だがしかし、今と違って大変おとなしく、つつましく、控えめな子どもだったから三年間も我慢して続けた!
褒めろ!
すんごい我慢して
「トンべ!パドブレ!グリッサード!グランパディシャ!」
などと重力を無視するトレーニングをしていた!
黄色いレオタードで!

母に、
「バレエやめたい」の七文字を伝えるのに三年もかかった。
たった七文字、されど七文字。
たかだか七文字だが、私からすれば
マルセル・プルースト が『失われた時を求めて』を書き終えた時くらいの達成感を覚えた。

あの時の、じっとりと背中を濡らした汗と喉元で感じた暴れる鼓動は一生忘れない。
墓場まで持っていきたくないから今、言った。
言えば、これを読んだ人たちが肩代わりしてくれるって悪い人が言っていた!
よって、そなたらはたった今この瞬間からとんでもない「呪」を背負ったということだ!

フハハハハハ!!!
(この後ヒーローが出てきてヴィラン退治したのちそなた達にかけられた「呪」も消し去ったからご安心ください)

失われた時を求めてÀ la recherche du temps perdu
著者:マルセル・プルースト
最も長い小説としてギネス世界記録で認定されている。
フランス語の原文で約960万9000文字、
日本語訳では400字詰め原稿用紙10,000枚分。

Wikipedia

私が七文字の超大作を世に放った七・八歳頃といえば、
ピアノ習っている子は
人生の半分以上の時をピアノに捧げているし、
水泳を習っている子もまた然り、と言った年頃。

今からピアノや水泳を始めたとて、周回遅れどころの騒ぎではないしそもそも習い事自体
ごめんあそばせ状態なので
「もう七歳だから、手遅れだからやらないよ、何も。」
と母に五寸釘を刺しておいた。

一方、晴れて無習い事(大人でいうところの無職)になった私は親戚たちから
「人生終了」のレッテルを貼られた。
否、貼るなんてそんな生半可なものではない!
烙印をおされた!

祖父の法事で、
寺で出されたどら焼きをもごもご食っていたところ、大人たちの会話が聞こえてきた。

「よもぎちゃんは習い事ひとつもしてないの?」
「へえ、ひとつだけやってたのを辞めたんだー……うちのマサ君は、ピアノでしょ、塾でしょ、英会話にサッカー……」
「子どもには色んな可能性があるでしょう?習い事はそれを伸ばしたり広げたりするためにあるんだから、何もしてないっていうのはねえ……」

いや、マサ君一体いつ休んでんの?
学校もあるでしょ?
え、国家権力の犬※我が父よりも多忙過ぎでは?

目の前で同じくどら焼きをもごもごやっていた同い年のマサ君の表情は晴れない。

どら焼きについている焼印を彼の方に向けて、
私は聞いた。

「ねえ、これなんて書いてあんの?」
「……わかんない。」
「ふーん……」

習い事で一週間の予定が真っ黒の彼の未来は明るいのか?
対して一週間の予定が真っ白の私の未来は暗いのか?

何もわからない幼い私たちは、焼印含むどら焼きを食べ切った。
時を同じくしてあの大人達が声を掛けにくる。

マサ君は依然として暗い顔をしていたけれど、
私は作り笑顔で言った。

「あのどら焼き、“マツカゼ”って書いてあるんだって! マサ君が教えてくれたよ!」

彼の母親は得意げだった。

「さすが、マサ君! すごいすごい!」

頭の悪いふりをしておけば、大人は満足する。
そして、マサ君を立てておけば彼の陰鬱とした心も少しは晴れるだろう。

いや、違う。
マサ君には申し訳ないけれど、ほんの少し彼のプライドを傷つけてやりたいというよこしまな気持ちもあった。
寧ろ、大半がよこしまな気持ちだった。

──がしかし。

「でしょう?オレ↑↓、よもぎちゃんと違って頭いいから!」

おのれきさまァ!!!
全部自分の手柄にするタイプだったか!!!
許さん!!!

「俺」の発音が「オレ↑↓」(カフェオレのオレ的発音)の奴にまともな奴はいねえ!!

そう学んだ、七歳の初夏であった。

という具合に常に自分の年齢は手遅れだと思って人生を適当に塗りつぶしている。

「まだ若いんだから!」
という先輩方の言葉を一切信じずに生きてきたら
いつの間にか自分より若い未来ある方々に、
「まだ若いんですから!」
と気を遣わせる年齢になっていた。

この間なんて、小学三年生の男の子に怒られたぞ!

「あんたのどこがおばさんなんだ! 見たところ、三十そこそこだろ! おばさんっていうのは俺のママくらい人生経験を重ねた人を指す言葉なんだ! 気安くおばさんを名乗るな!」

いやもう、あなた
小学三年生の男の子という器に入れられた七十歳男性だろう?!
そうだろう?!
もう気安く“平成一桁ガチおばさん”を名乗るのはやめる。

なお、小学三年生の男の子という器の管理者が慌てて謝罪にきてくれたのだが
見たところ、三十そこそこである。

つまり、同じアラウンドサーティでも人生の厚みというものが異なるというわけで
いかに私がしょうもねえ人生を送ってきたかを突きつけられるという……

ちょっとやめるわ!
尿意が限界だから!

というわけでそろそろ“寄る年波”と真っ向勝負してもよろしいか?
と思ったのだが、まだ“寄る年波”と同じ土俵に立つことすら許されていない可能性がわずかに浮上してしまった。

そして、仮に同じ土俵に立てたとて勝負するまでもなく敗北は目に見えている。

ところで、「目に見えている」というが他にどこで見るんだよ。
心か?
心の目?
結局目!
また変なことに怒っている!
落ち着けよ!

日曜日、ブチギレながら出かけた先でご朱印帳を見せ合う推定七十歳台の女性三人組に遭遇。

「あら! これ笠森稲荷じゃない!」
「見て〜! 六冊目なの!」
「え! 居木いるぎ神社の限定ご朱印帳! いいな〜」

という具合にキャッキャウフフと盛り上がっている。
年上相手に無礼を承知で申し上げたい!
かわいい!

居木いるぎの飛び出すご朱印帳はやっぱり、自分で手に入れた方がいいって!」
「え! じゃあ来年初詣、三人で行かない?!」
「それいいね! うちはもう旦那もあっちいったし(上を指さしている)時間はいくらでもある!」
「うちのはまだこっちにいるけど、自分でラーメンとか作れるから大丈夫。」
「私んところはたぶん警備員のバイトのシフト入れると思うから問題ない。」

急に現実味を帯びるな!
特に、上指差して“あっちいった”はやめてくれ!
笑っていいのか切なさを感じて涙を流すべきなのか判断に迷うからやめろ!

──そもそも他人の話に聞き耳の要塞建てるのをやめろ!

そのうち、
「あー! その御朱印はレート高いからダメ〜!」
とか
「ウォーターご朱印じゃん! めっちゃレア! いいな〜!」
「しょうがない。これとこれとこれくれたらウォーターご朱印一個あげる!」
とか言いだすんじゃないかと思ってハラハラした。
勝手に。

シール交換ならぬ、ご朱印交換。

そんなことを考えていたら、
2026年のトレンドを思いついたぞ!
“御朱印帳一体型シール帳”だ。

初めの一年は御朱印帳とシール帳が一体化しているだけなのだが、
その翌年から徐々に御朱印をぷくぷくシール状にし始める寺や神社が出始めて、
三年後にはメルカリなんかで三十万円で転売される“ボンボンドロップ御朱印シール”が問題視されるようになる。

そんな未来が見える。
……いやあ、我ながらこの未来予知能力が怖い!
さすが邪眼!
全てお見通し!

ところで最近、10代、20代の女の子たちは
空気すら入らなそうなミニバッグにラブブをぶら下げているな。

一方、百戦錬磨の寄る年波ファイターの皆様は
空気も荷物もたっぷり入りそうなリュックに腕の長いゴリラをぶら下げている率が高い気がしている。
リュックのサイドポケットの右側にビビッドカラーの水筒、左側に大きめの折りたたみ傘が入っているのが常である。

……空気すら入らなそうなミニバッグの方は突然の雨の時、一体どうしてらっしゃるのかしら?
もしかして、その9本中9本犬歯かつ歯列矯正必至生物※ラブブが傘に変形したりするのかしら?
と、空気も荷物もたっぷり入る無印リュックを愛用中のアラウンドサーティは思うのだ。

あれ?
私、寄る年波ファイターに片足突っ込んでませんか?

腰も痛いし、膝も痛いし、一回風邪引くと治らない。

若いつもりはなくても、
加齢による体力や気力の衰えには逆らえないということなのだろうか。

どんな未来が待っていようとも、生きている限り皆何かしらと戦うしかないのだろうか。

うまいこと折り合いをつけたいものだ。

できれば、
寄る年波とは引き分けでありたい。

私はそう願っている。



【参考資料】
◽︎SNK
SAMURAI SPIRITS「天草四郎時貞」

◽︎レトロゲームの説明書保管庫

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