問題外の外
高校1年生の時の副担任“A藤先生”の迷言(名言)
「問題外の外」
について考える回です。
【A藤先生】
性別:男性
年齢:不明(推定50代前半)
出身地:青森県
担当教科:倫理
役職:学年主任
好きな有名人:プラトン
18歳で上京するも頑なに津軽弁をつかい、
「東京に津軽弁を広めることで津軽弁の絶滅を防ぎたい。」
と謎の意気込みを語るこの先生のことが私は大好きです。
A藤先生はことあるごとに
「プラトンのォ!!」
「人間は考える葦であるからァー」
とおっしゃっていました。
※人として好きなのはプラトンだが言葉的にはパスカルの方が好きらしいです。
私「葦ってどんな植物?みたことある?」
Y「ない。多分立川には生えてない。」
私「ちょっと図書室行って図鑑見てくるワ。」
(結局2人で図書室へ行く)
私「え」
Y「こんなんどこにでもあるやつじゃん。」
私「勝手にもっと神々しい草だと思った。」
Y「ほぼススキだね。立川にいっぱいある。」
私「こっちも南武線の方行けばいっぱいある。」

【葦】アシ(ヨシともいう)
学名: Phragmites australis
イネ科ヨシ属の多年草
河川、湖沼などの水辺に
背の高い大群落をつくる。
地中には長く這う類白色の地下茎があり、節からひげ根を出し、条件がよければ1年に約5メートル 伸びる。
「人間は考える葦である」
において、“葦=弱い存在”とされているのですが
凄まじい繁殖力と耐久性を兼ね備えた結構化け物級に強い草なのですが
そのあたりどうなんですかね。
ねえ、パスカルさん。
だって夏のおばあちゃんちといった風情を醸し出す“簾(すだれ)”の材料になるんですよ?
台風にも夏の凄まじい日差しにも耐える簾ですよ?
どこがか弱いんですか?
…私は誰に怒っているのですか?
違います、本題は“葦”じゃないんです。
【問題外の外】問題についてです。
まず、【問題外の外】という言葉が登場した時の話を
したいのですがワードが強すぎて
“なぜ”先生がこんなことを言うに至ったのかは忘れてしまったというのが正直なところ。
(クラス全体への指導だった)
ただ、先生がシヴァ神と化していたこと(怒り狂っていた)と
自分が「宇宙の破壊ポーズ」(踊るシヴァ神)などと猛烈にくだらないことを頭の中で唱えていたことだけは覚えています。
そして
「アリエネエ…外の外はアリエネエ…」
と思ったことも覚えています。
で、そんな経緯不明の【問題外の外】ですが
なぜ難しいかって
“外の外”だからですよね。
外というからには内がないと成立しません。

一番シンプルな言葉【問題外】は図にするとこうです。
で、問題なのはやはり【問題外の外】です。
問題の外側のさらに外なんですよね。
…つまり“問題外”がまだなんらかの内側にあるということ。
外といいながらまだ囲われていて、完全なる外ではないということ。

しっくりくる訳ではないのですが
図にするとこういうことですよね。
“外という名の内”。
実生活の中で似ているものは
“中庭”だと思うのですが、あくまでも≒(ニアリーイコール)であって
腑には落ちないです。
高校卒業後も無限にモヤモヤさせてくるこの【問題外の外】。
とはいえ、A藤先生に意味は確認しました。
【問題外の外】
常軌を逸しているさま。
「有り得ない」ほどひどい。
そうなんです。
ごちゃごちゃ考察していましたが、
そもそも【問題外の外】というのはどうがんばっても作れないもの、故に「有り得ない」ということ。
哲学的にもほどがあるだろォ!!
考える葦も茂る一方ですよ全く。
卒業してから何年も経っているのにことあるごとに【問題外の外】の考察が止まらないのですから
パスカルと先生の思うツボです。
1年生の研修旅行で大涌谷に行ったのですが、
乗り物酔いでうんともすんとも言えなくなった私に先生が買ってくれたのがほうじ茶でした。
「ほうじ茶は乗り物酔いにいいんだァ、特にキンキンに冷えてるといい。」
先生が言うと妙に信憑性にバフがかかります。
が、科学的根拠はなさそうでした。
でもいいんです。
あれ以来、車に乗る時はほうじ茶を飲むようにしています。
“問題外”とは言うのに“問題内”とは言わないのもおもしろいですね。
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