親の心、子は親よりも知っている
「大丈夫だよ、私はお母さんの味方だよ。
一緒にいるからね。」
まだ4歳だった娘はその小さな身体を全部使って、
私を抱きしめた。
私の身体は鉛のように重く、硬直して動けなかった。
かろうじて、頬を伝う涙の温度を感じるのみであった。
今から4年前、コロナウイルスの感染拡大で世界中が混乱していた頃、私は看護師になった。
配属先はICU。
コロナウイルス重篤患者専用病棟という特性上、いくつもの死を目の当たりにした。
ECMO装着の為、患者は皆鎮静をかけられている。
ただ機械の音だけが響いていた。
入職から1ヶ月、1人の患者を受け持つことになった。
同世代の男性である。
鎮静をかける前、
「結構、怖いものですね。」と彼は不安を吐露した。
家族が北海道にいること、弟が反抗期で気がかりだということ、一緒に暮らしている猫を同僚に預けたことなどを話してくれた。
鎮静がかかるその瞬間まで、母と弟と猫の心配をしていた。
「いってらっしゃい」
この言葉が正しかったのかはわからない。
「ただいま」と「おかえり」を前提にした「いってらっしゃい」。
ただ、これが患者として唯一彼が私に頼んでくれたことだった。
だから私は精一杯の笑顔でそう言ったのだ。
私は「おかえり」を言えなかった。
家族ですら、最後に顔を見ることも許されない。
医療者にとってはたくさんいる患者の中の1人かもしれない。
それと同時に、1人しかいない唯一の存在なのだ。
代わりはいない。
私は“死”に慣れることができなかった。
慣れたくなかった。
触れるたびに心をえぐられたが、それで良かった。
しかし心は限界を超えていた。
電子カルテの文字がガラガラと崩れていく。
機械音が頭から離れず、眠れない。
頬をつたい落ちる涙。
心が止まったような感覚だった。
「あなたがいるから患者が死ぬんじゃない?」
この言葉が私と心とを繋ぎ止めていた糸の最後の一本を切った。
「絵本読んで」
無邪気に話しかけてくる娘。
大きなひらがなたちが散らばっていく。
拾い集めようにも身体が動かない。
そんな私を娘が抱きしめた。
「大丈夫だよ、私はお母さんの味方だよ。
一緒にいるからね。」
「ごめん。」
これが精一杯だった。
「いってらっしゃい」
手を繋ぎ、私の横でたんぽぽの綿毛を吹いていた彼女は8歳になった。
「いってきます」
大きくなった背中は、頼もしく遠ざかっていく。
振り向いて大きく手を振る姿に
照れくさいから小さく手を振り返してみる。
「ありがとう」
「親の心、子知らず」
とはよく言ったものだが、今ならわかる。
「親の心、子はよく知っている」と。
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