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隣のおともだちと手をつなげなかった私

「隣のお友だちと手をつなごうね」

この言葉が、いつも私を苦しめた。

初めて見る顔、初めて聴く声…

お友だちってなんだろう。
わからなくなった私はその場から逃げた。

物心ついた時からずっと“お友だちの呪い”につきまとわれている。

一人で空を眺め、絵を描き、自分だけの“お友だち”と語り合う。

「そんなんじゃひとりになるぞ。」
大人は言うけれど、ひとりの何がいけないの?

小学校高学年になると、幼き日に言われた言葉がじわりじわりと私の中で大きくなる。

興味のない話。
でも合わせなきゃ。

“ひとりになるぞ”

そう、ひとりはいけないこと。

「誰か来る」
笑顔の準備と発生練習。
2トーン明るい声。
演技ばかりが上手くなる。

本当の私はどこにいってしまったのだろう。

“お友だちの呪い”が解けないまま15歳になった私は新しい制服に身を包み、
顔には笑顔を貼り付け、声には輝きを乗せ、
別人のふりをして新しい“お友だち”の中へ飛び込んだ。
自分を下げて、他人を上げる。
そうやって“お友だち”のご機嫌取りをした。

上手くやれている。
ひとりだった私とは決別できたと思っていた。

その日は突然やってきた。
表情はこわばり、声が出ない。

机に突っ伏して左目だけで窓の外を眺めた。
窓枠に入りきらない青が自分と重なる。

クラスメイトの声がする。
お友だちの声はしない。
37人と私。
独りだ。

廊下へ出てみても、誰とも目が合わない。
知らない声が散らばっている。
笑っているようだけど、その表情は全く見えない。

担任の先生に腕を掴まれた。
とても、強い力だった。

「だめ!行かないで!」

何のことか、わからなかった。
私もなぜ廊下に出たのかわからなかった。

「トイレに行こうと思って。」
と返したけれど、先生は離してくれなかった。

…でもそれが妙にうれしかった。

友だちとの関係に悩んだ先生の親友は、15歳の9月に自らの意思で遠くへ旅立ったそうだ。
最後に見た後ろ姿と私の後ろ姿が重なったと先生は語った。

一人が好きで独りは苦手。
先生はそれを見抜いていた。
人との距離の測り方が下手だから、自分で自分を傷つけて、笑いながら血まみれになっている。
私の致命傷を先生は突き止めた。
汚れることもいとわずに、傷口を力一杯抑えてくれた。
その指の隙間から溢れ続ける血を拭い続けてくれた。

「そのままでいいんだよ。」

この瞬間、偽物の私は姿を消した。

隣のお友だちとは手をつなげなかったけれど、
本当につなぎたい手を私は見つけることができた。

ツクリモノの自分ではなくホンモノの自分でつなげる手を、私は大切にしていきたい。

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