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【短編小説】恋のあとに、残るもの|ショートショート|

華さんと呼ぶ声

ケロンパ
(1500文字)


ありきたりのハッピーエンドの、その先を知っている? 
お姫様と王子さまは、いつまでも幸せに暮らしました――とさ。
そのあとを、わたしは知っている。

窓口で離婚届を提出する時、あっけなさに拍子抜けした。
帰り道、わたしは思わず空を見上げた。
正直、軽かった。
スキップしたくなるような解放感すらあった。

息子は、わたしが幸せにする。
シングルが背負う命。
それは足かせではなく、生きる意味だった。

お互い二十歳の時に出会った。

眩しかった。
羨ましかった。
繋ぎ留めたかった。

少女だったわたしは恋をして、妻になり母になった。
あの人は、ずっと自分のままで居続けた

いつまで父親になりきれないのかと、何度も思った。
けれど、その奔放さに、最初に惹かれたのも自分だった。

女は勝手だ。
恋する時はあの軽やかさに焦がれ、
指輪を交わした後にはそれを持て余すなんて。

わたしが愛したあの人らしさが、
やがて憂鬱の種になっていった。

それは静かな摩耗へと形を変えた。
削れていくのは、愛情だけじゃなかった。
わたし自身も、少しずつすり減っていた。

それでも、父親として息子を一番に考えてくれたなら
――もう少しだけ、家族ごっこを続けられたのかもしれない。

もう一緒に暮らすのがしんどい。
そう告げたわたしに、少しだけ間をおいて、
あの人は「そうか」とだけ返した。

お金にも執着がない人だったから、
養育費も一括で置いていった。
揉めることは、何一つなかった。

それが逆に、終わりをあっけなくした。

息子は言った。
「苗字も学校も変わらないなら、別にいいよ」
その物おじしない佇まいは、あの人ゆずりだろうか。
「じゃあさ、明日はビーフシチュー作って」
それは、あの人が苦手だと言って、封印していた食卓の一品。
息子も家族ごっこから解放されたのかもしれない。
それとも、あれは息子なりの気遣いだったのだろうか。

離婚から二年たった今、
怒りも、嫌悪も、少しずつ薄れていった。
残ったのは、妙に乾いた感情だった。

思い出すのは、最後に見た背中だ。

キャンプ道具を無造作に積み込んで、
まるで明日も同じ日常が続くみたいな顔で、
あの人は口にした。

「しばらく、バイクで北海道でも回ってくるよ。ずっと行ってみたかったんだ」

それから少しだけ間を置いて、息子をたまに、シーカヤックやトレッキングに誘ってもいいか、と言った。

振り返らなかった。
その背中は、どこまでも軽くて、どこにも属していなかった。

――そう、この人は、昔からこう。

あのときはただ苦々しく見送った背中を、
今は、少し違う距離で思い出している。

自由が好きで、結婚なんてこれっぽっちも向いていないのに。
ありきたりの家庭を望むわたしに、あの人はひと時、歩調を合わせてくれただけなのかもしれない。

わたしが立ち止まれば、隣でだまって寄り添ってくれることもあった。
あれも、彼なりの不器用な優しさだったのかもしれない。

合わせ続けることが、あの人にとってどれだけ窮屈だったのか。
あの頃のわたしは、それを知らなかった。
だから、元に戻っただけだ。

あの人は、あの人のまま、縛られない生き方へと帰っていった。

息子は、わたしのことを「はなさん」と呼ぶ。
あの人の呼び方を、幼いころから真似ていた。
「ママ」と呼ばれた記憶は、ほとんどない。

華さん。

呼ばれて振り向くたび、少しだけ息が止まる。
そこにいるのは息子なのに、
笑った顔が、あの人に似ているから。

十五歳。
あと五年で、出会った頃のあの人の年齢に届く。
同じ呼び方で、同じように、わたしの名前を呼ぶ。

時間は、残酷なほどまっすぐ進むのに、
どこかで円を描いて、
同じ場所に戻ってくるような気がした。

この子は、あの恋の続きなのだと思う。

終わった恋は、
形を変えて、まだここにある。

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