箱入り娘(毎週ショートショートnote)
昔、昔、ほんの少し昔、まだインターネットがなかった昔。
A子はお嬢様の中のお嬢様。そんな彼女が、これまでの人生で出会う機会が少なかった男性と出会った。
A子より三つ年上の芸大生で、古いアパートに下宿し、飲食店バイトをする苦学生。彼の生き方そのものがA子にとって新鮮だった。
そんな彼に、一緒に美術館に行かないか? と誘われた。
A子はいつも運転手付きの車で移動する。だけど、バスはもちろん、電車も一人で乗り降りしたことがない。そのことを話しながら、A子は衣食住全てを使用人に任せている自分に恥ずかしく感じた。
美術館に行こうと誘われた日、彼はA子の自宅近くまでやってきて、今日の行程を書いてきたんだと和綴じ本を渡した。
彼と一緒にバスに乗り、電車に乗り…… その時々でA子は、バスの乗り場はどんなのかとか、切符の買い方に書き足していく。そうして美術館を堪能し、カフェでひと息ついて、彼と共に自宅近くのバス停まで送ってもらって、その日のおでかけはそれで終了だった。
A子は彼のあたりまえの生活をもっと知りたくなって、彼はA子と一緒にやりたいことを和綴じ本に記して渡した。
こうして二人はおでかけする。量販店で服や靴を買い、ファーストフードでの食事をして、個人商店での買い物に…… 和綴じ本は、いつしかA子のガイドブックになっていた。
ある日、A子は思った。彼にお弁当というものを作ってみたいと。彼にそれを話したら、簡単な作り方を記した和綴じ本を渡してくれた。
だけど、A子は料理自体、小学生の頃の調理実習くらいしかない。A子の屋敷には専属の料理人がいたけれど、料理を自分でさせてもらえないばかりか、調理場すら入れてもらえない。
そこでカセットコンロに鍋やまな板など、必要な調理器具を購入し、自分の部屋で挑戦した。
だけど、それは失敗ばかり。
米を洗うのに食器洗剤を使って洗って、泡だらけにしてしまった。
ゆでたまごを作ろうとして、火傷をしてしまった。
きゅうりを切ろうとして、爪含めて指先を切ってしまった。
A子はベソをかく。どうして思うようにできないのかしらと。
手当てのために自室を離れ、ようやく血が止まったので自室に戻ったら、A子の部屋は炎が踊っていて……
──結果、A子は勘当され、彼の元に転がり込んだ。
