加齢で顔が痩せたと思う(私の推論)
最近、顔が変わった気がする。
40代も半ばを過ぎると、鏡を見るたびに新たな発見がある。
といえば聞こえはいいが、要するに昨日までなかったはずのたるみや凹凸などの未知との遭遇である。
そこで私は、改めて自分の顔をじっくり観察してみた。
まず、顔の脂肪が減った。
少し小顔になった気がする。これは純粋に嬉しい。
しかしその代わり、肌のハリという若さの象徴も、きっちり差し引かれていた。世の中そんなに甘くない。
目の周りも変わった。
以前より目頭にキレが出ている。
鼻も少し高くなったように見える。
彫りが深くなった、と言い張ることも不可能ではない。ただ、一歩引いて冷静に考えると、鼻が高くなったのではなく、単に眼球の周りが静かに窪んだだけとも言える。
さらに観察を続ける。
少し垂れ目っぽくなった。
優しそうな雰囲気が出ている気もする。
もちろん、美容医学的には「瞼がたるんだ」の一言で片付けられる現象である。
ここまで観察して、だんだん切なくなってきたのでやめた。
人体観察にも限度がある。これ以上は精神衛生上よろしくない。
通過点だと思っていた風邪が、我が家に住民票を移した日
しかし、本当に気になっているのは顔の造作ではない。
鼻だ。
正確には、そこから分泌される鼻水である。
今年の春、風邪を引いた。
そしてその頃から、私の鼻水は前に出てこなくなった。
代わりに、喉の奥へと流れるようになったのである。
寝転ぶと痰が絡み、容赦なく咳き込む。
日中も気付けば、
「んっ、んっ」
と、おじさんのような咳払いをしている。
風邪だから、そのうち治ると思っていた。
私は基本的にそういうタイプだ。多少の不調なら様子を見る。そして様子を見すぎて病院へ行くタイミングを失う、典型的なダメな大人のムーブである。
今回もそうだった。
一ヶ月経った。まだいる。
二ヶ月経った。まだいる。
三ヶ月経った。まだいる。
え?
もしかして君、我が家に居座るタイプ?
若い頃は、風邪なんてものは一過性のイベントに過ぎなかった。台風のように通り過ぎれば終わりだった。
ところが最近は、通過すると思っていたものが、そのままクローゼットの奥に住み着くことがある。
シミもそうだ。疲れやすさもそうだ。
正式な手続きも踏まずに、私の身体のレギュラーメンバー入りをしようとしている気がする。
導き出された「ルート変更説」と、先生の一言
そこで私は、自分なりに考えた。
顔の脂肪が減った。
頭部も少し痩せた。
ということは、鼻の内部構造もミリ単位で微妙に変わったはずだ。
だから、鼻水の流れるルートが逆流ルートへと変更されたのではないか。
これだ。
完全に私の、医学的根拠ゼロの推論である。
しかし、自分の中ではなかなか筋は通っていると思う。
そう思って、すがるような気持ちで周囲を見渡してみる。
職場には、私より少し年上の方々である先輩方がいる。
観察してみる。
すると気付くのだ。
皆さん、結構な頻度で咳払いをしている。
「んっ、んっ」
「んーっ」
ほら、やっぱりそうじゃない?
私の仮説は、職場のフロアで静かに補強された。
もちろん証拠はない。だが、私の確かな観察結果がそこにある。
私はこの説を確かめるため、満を持してかかりつけ医に聞いてみた。
「先生、後鼻漏で喉に痰みたいなのが絡むのって、老化で顔が痩せたからじゃないですか?」
先生は即答だった。
「それはないですね」
終わった。
診察時間にして数秒の出来事だった。
私が数ヶ月かけて育てた仮説は、一言で片付けられた。
あの日見た父の横顔と、捨てきれない私のロマン
しかし、私はまだ100%は納得していない。
じゃあなんで40代になって急になったの?
じゃあ先輩方の咳払い率の高さは何なの?
心の中で、往生際の悪い反論をした。もちろん先生の方が正しいのだろうけれど、私の身体には確かに、目に見えない変化が起きている。そう思うのである。
そういえば、鼻にまつわる思い出がある。
父が亡くなった日のことだ。
通夜の前夜、家族五人で最後に川の字になって寝た。
もう動かない父の横顔を見ながら、
「お父さん、意外と鼻高いね」
と、誰かがぽつりと言った。
悲しいはずの夜なのに、みんなで少し笑った。
あの日から何年も経った今、ふと思う。
父の鼻がもともと高かったのではなく、単に重力に負けて、周囲の肉が下がっていただけだったのかもしれない。
そして最近、鏡の前で自分の顔を観察していて気付く。
私も同じことを言っているのだ。
「鼻が高くなった気がする」と。
でも本当は、周りが下がっただけかもしれない。血は争えない。
そう考えると、老化とは実に不思議だ。
失うものもある。重力に逆らえなくなる。
実にあっけなく、お医者さんに一秒で論破されるような、勝手な仮説まで生まれてくる。
先生はあっさり否定した。
だから今のところ、この「顔面痩せ=後鼻漏説」を支持しているのは、地球上で私だけである。
それでも先日、職場の先輩がまた、愛おしそうに「んっ、んっ」と咳払いをしていた。
それを見て、やっぱりそうかもしれないと思う。
先生には申し訳ないが、私の推論はこれからも続く。
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