やめることを決めると大事なことが残る|50代からの手放し習慣
何かを始める時、私たちはわりと前向きになれる。
新しい習慣。
新しい勉強。
新しい仕事。
新しい発信。
新しい人間関係。
「これをやったら変われるかもしれない」
「今度こそ続けられるかもしれない」
そう思うと、少し未来が明るく見える。
でも、実は人生を整える時に大事なのは、始めることだけではない。
むしろ、やめることを決めるほうが大事な時もある。
なぜなら、時間も体力も気力も、無限ではないから。
何かを足し続ければ、当然どこかがいっぱいになる。
予定を増やす。
学びを増やす。
情報を増やす。
付き合いを増やす。
やることリストを増やす。
最初は「充実している」と思う。
でも、そのうち疲れてくる。
本当はやりたいことなのに、義務みたいになる。
楽しかったはずなのに、追われている感じになる。
好きで始めたことなのに、「やらなきゃ」に変わる。
そうなると、心の余白がなくなる。
余白がなくなると、自分の本音も見えにくくなる。
何がしたいのか。
何を大事にしたいのか。
どこに向かいたいのか。
そういうことを考える前に、目の前の予定やタスクをこなすだけで一日が終わってしまう。
だから時々、「何を始めるか」ではなく、「何をやめるか」を考えたほうがいい。
やめるというと、少し怖い。
もったいない気がする。
続けられなかった自分を責めたくなる。
人にどう思われるか気になる。
チャンスを逃すような気がする。
でも、やめることは、負けではない。
自分にとって大事なものを選び直すことだ。
たとえば、なんとなく見ているSNS。
気づけば30分、1時間と時間が過ぎている。
見終わった後、元気になるならいい。
でも、誰かと比べて落ち込む。
焦る。
自分だけ遅れている気がする。
無駄に買い物をしたくなる。
そんな状態になるなら、少し距離を置いてもいい。
たとえば、気が進まない付き合い。
会う前から気が重い。
帰ってきた後、ぐったりする。
相手に合わせすぎて、自分が消耗する。
もちろん、人間関係は簡単に切ればいいというものではない。
でも、全部に全力で応えなくてもいい。
少し回数を減らす。
返事を急がない。
自分の予定を優先する。
それも、やめることのひとつだ。
たとえば、完璧にやろうとすること。
毎日きっちり続ける。
全部ちゃんと調べる。
誰にも迷惑をかけない。
失敗しないように準備する。
その姿勢は素晴らしい。
でも、完璧を目指しすぎると、始める前に疲れてしまう。
60点でも出す。
今日はここまででよしとする。
できない日があっても戻ればいい。
そう決めるだけで、かなりラクになる。
やめることを決めると、空白ができる。
最初はその空白が落ち着かない。
何かしなきゃ。
埋めなきゃ。
この時間を有効に使わなきゃ。
そう思ってしまう。
でも、その空白こそが大事なのだ。
空白があるから、考えられる。
空白があるから、感じられる。
空白があるから、自分の内側の小さな声に気づける。
忙しすぎる時、人は本音を聞けない。
本当は疲れている。
本当はやりたくない。
本当はこっちに進みたい。
本当はもっと休みたい。
本当はこれを大事にしたい。
そういう声は、静かな時間の中でようやく聞こえてくる。
やめることを決めると、本当に大事なことが残る。
全部を手放す必要はない。
いきなり人生を大きく変える必要もない。
まずは、小さなことからでいい。
夜のスマホを10分減らす。
気の進まない予定をひとつ断る。
使っていないアプリを消す。
読まないメルマガを解除する。
「私がやらなきゃ」をひとつ手放す。
なんとなく続けている習慣を見直す。
小さくやめる。
それだけで、少し呼吸がしやすくなる。
そして、残ったものを見る。
それでもやりたいこと。
それでも会いたい人。
それでも大事にしたい時間。
それでも続けたい習慣。
それでも守りたい場所。
そこに、その人の本音がある。
人生は、足し算だけでは整わない。
時には引き算が必要だ。
何を増やすかより、何を減らすか。
何を始めるかより、何をやめるか。
そこを決めると、自分の輪郭が少しはっきりしてくる。
やめることは、空っぽになることではない。
本当に大事なものが見えるように、余白をつくること。
だから、今日ひとつだけ考えてみる。
今の自分に、もう必要ないものは何だろう。
なんとなく続けているだけのことは何だろう。
手放したら、少し軽くなりそうなものは何だろう。
やめることを決めると、本当に大事なことが残る。
そして、その残ったものを、丁寧に育てていけばいい。
