見出し画像

第二子の妊娠

こんにちは(^^

今日は、私が第二子を妊娠したころのことを、思い出しながら綴ります。2004~5年の内容です。

発達障害のある長男 T は、私立幼稚園の年少。2学期より、障がい児クラス所属 → 健常級(当時の呼称) と、幼稚園側からの提案で 編入 しています。

幼稚園 通いと「ことばの教室」の利用で、T の支援や相談先は、障害の告知当時よりも、ずいぶんと充実しているように感じていました。なので私自身は、将来への不安が大きく減少しています。

夫は当時、市内の勤務。第二子について、お互いに何度も相談しています。もともと、子どもは2人以上欲しい...と願っていました。夫にも私にも、弟がいます。

T の将来を考えたとき、弟妹など身内の存在が、何か相談先や助けになるのではないか...との思惑もあります。私たち親は、先に肉体を失う流れが、自然な順序です。

T の出産から繋がっている友人の多くは、2人目を出産、育てている最中でした。

秋から冬にかけて、第二子の妊娠が判明✨

再び、近所の 産婦人科医院 にかかりつけます。ところが翌年、医院の改装予定。この頃には、医師3名体制へとパワーアップしていました。

院長先生と相談。出産は、希望の病院へ紹介状を書いてくださる...とのお話。2人目の出産は、帝王切開が確定のため、隣区の 大きな総合病院 へ紹介していただきました。

冬中は、近所の産婦人科医院にかかり続けています。時々、隣区の 総合病院にも通い、連携を取っていただきました。

雪解けて、春。

さまざまな方面へ、妊娠中であることは伝えています。お腹もどんどん大きくなり、翌年度の保護者会等の役割は、最初から免除していただきました。

T 本人にも、赤ちゃんが来ることを、早くから何度も伝え続けて、ショックを和らげる努力に勤めていたと思います。

年中組へ進級のとき。T がずっと懐いている 主任 N教師が担任になりました。安定感のあるベテラン教師です。とてもありがたくて、園側のご配慮に感謝し、助けられました。

2人目の帝王切開は、予定日が半月ほど早く、事前に確定です。その日程に合わせて、義父母や夫に、T の周辺サポートを依頼しています。

義母には、1週間分の幼稚園お弁当作りを、ふだん詰めた様子を写真付きにして、お願いしています。義母が迷わず、T が少しでも通常通りの気持ちで、楽に過ごせるように...🍀

出産の準備も、T のとき(5年前)に購入したものを活用です。このころ「ベビースリング」なる新しいグッズが登場していますが、上の子の抱っこひもがあったので購入せず、実は使えなかったのは内緒です...💦

2人目の妊娠期間中は、赤ちゃんのことを、ほとんど思い煩うことがなく、ただただ嬉しくて、幸せを噛みしめていた日々でした(^^。

yoko_s の サイトマップ

いいなと思ったら応援しよう!

yoko_s そのお気持ちが、もう嬉しいです♡ お互い幸せに、栄えていきましょうね(^^