「乾杯」が苦手だった、小さな私へ
「乾杯!」
その晴れやかな言葉を耳にするたびに、私の心はかすかにチクりと痛む。
おめでとう
ありがとう
よくやったね
おつかれさま
共通の何かを愛でたり、互いをねぎらったりするその空気は、あたたかい一体感を伴って和やかに場を動かし始める。
けれど私は、その輪の中にいてもどこか、透明な膜に包まれているような違和感を拭えずにいた。
記憶の糸をたどると、たどり着く場所がある。
あれはたしか、小学校一年生の五月頃。
いつも通り、近所の友だちの家を訪ねたときのこと。「Kちゃーん、遊ぼう」と無邪気に扉を開けた、その瞬間。
目に飛び込んできたのは見慣れた顔が四人、コップを手に掲げて楽しそうに歌う姿だった。歌が終わると
「かんぱーい! お誕生日おめでとう!」
と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。あっけにとられて、私は入り口で茫然と立ちすくんだ。そのうちの一人と目が合ったときの、あの空気。
(なにこれ。私、呼ばれていない。仲間外れ……?)
心臓がバクバクと鳴り出し、頭の中が真っ白になった。私は何も言えず、その場から全速力で逃げ出した。
その後どうしたのかは、もうよく覚えていない。けれど、たぶん泣きながら家まで走ったのだと思う。五月の明るい日差しがやけに眩しくて残酷だったことだけは妙に覚えている。
この出来事をきっかけに、私は「友だちをつくる」ということに目に見えない高い壁を感じるようになった。誘われなかったという事実が、自分の価値を否定されたような気がして、人と深くつながることを無意識に避けてきたのかもしれない。
けれど、大人になった今の私が、当時の自分に声をかけるとしたら、こう伝えたい。
「友人たちは皆同じ学校に通っていたけれど、あなただけが別の学校だった。だから、ただ連絡がとれなかっただけかもしれないよ」と。
当時は今と違って、スマホもSNSもない。ましてや小学生。連絡を取り合うのは、今よりずっと不便で偶然に左右されるものだったのだ。
もし私が、もっと物おじしない性格だったら。
「なんだー、知らなかった、入れてーー」と、笑って輪の中に飛び込めたのかもしれない。いくつもの条件と私の気質が重なって、あの日の一場面は、長い間私の中で消化不良のまま沈殿していた。
それが変わったのは、つい数年前のこと。
きっかけは家族との何気ない会話。
ふとした瞬間に、あんなことあったなと懐かしい思い出話として受け流せる自分に気づいた。
自分視点で「傷ついた」と殻にこもっていたけれど、少しだけ視座を変えて当時を思い返してみる。するとあんなに重かったわだかまりが、春の雪のように静かに溶けていくのを感じた。
この気づきを境に、私の手帳の書き方は大きく変わった。
それまで記していたのは単なる予定や出来事の記録。
けれど今は、心が動いた瞬間やふと感じた違和感をていねいにメモするようにしている。すると、不思議なことに自分が勝手に作り上げていた思い込みに気づく機会が増えた。
過去の思い出に縛られて人との関係を築くのを怖がっていた私は、もうどこにもいない。
友だちの数は決して多くはない。けれど、今つながっている大切な人たちとはどこまでも誠実に向き合いたい。そう、心から思えるようになった。
扉の向こう側で立ちすくんでいた、あの日の小さな私へ。
もう、大丈夫。無理に笑って誰かの輪に入らなくてもいいよ。
片手で数えられるほどの大切な人たちと、静かにグラスを合わせる幸せを今の私は知っているから。
そう考えられるようになった、今の私に。
心からの、乾杯。
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