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mikitanishi3
泣き一揆(いっき)(その1 全3回)
今日はね、地震と大雨が続いて食べる物がなくなってしまった村人たちのお話だよ。
ポンと昔。今から150年ほど前のこと。もうすぐ江戸時代が終わるころのことさ。
安政5年(1858年)2月26日、飛越地震が起きた。北陸の富山県のあたりさ。M7.0~7.1。長大な活断層であるあとつがわ断層ぞいに319軒が全壊。302人が亡くなった。
立山の大鳶山、子鳶山の山崩れで、岩屑が麓の集落を埋めて、常願寺川をせき止めた。
続いて3月10日、信濃大町あたりを震源とする地震が起きた。M6.0程度。おおまち周辺で、全壊71軒、半壊226軒、山崩れは160か所。この地震で、飛越地震でできた常願寺川のせき止め湖が決壊、富山平野は大洪水となったよ。流失屋1612軒、亡くなった人140人。
その上、この年5月から7月まで毎日雨ばかりが続いていたんだ。食べられる物なら雑草やカエルも食べていたよ。商人たちはお米を買い占めて売り惜しみをしたんだ。
そうさ。お米がほしいと言う人たちに高いお金で売ろうと思っていたからさ。お米の値段はあっと言う間に倍以上になっていったんだ。大勢の村人たちはお米を口にすることができなくなっちゃったんだ。山の方のふたまたむらやおしがはら村(金沢市)では、夜中に数百人が集って、商家への打ちこわしをおこしちゃった。
打ちこわしってね、お米を沢山買い占めていた商人の家へ行って、そのお米を奪ってくることを言うんだよ。
今日はここまで、読んでくれてありがとう!続きは明日のお楽しみ!お休み、ポン!
