エグゼクティブコーチが成長ドライバ理論を知ると、何が変わるのか――問いの精度と介入の自制

エグゼクティブコーチが成長ドライバ理論を知ると、何が変わるのか
――問いの精度と介入の自制

エグゼクティブコーチが成長ドライバ理論を知ったとき、何が変わるのでしょうか。
それは、新しい質問技法が増えることでも、セッションの進め方が劇的に変わることでもありません。
変わるのは、問いの立て方の「射程」と、介入に対する「自制の質」です。
つまり、コーチングの表層的な技法ではなく、支援者としての“構え”そのものが静かに変化します。

1.自分の気持ちから経営の構造へ
成長ドライバ理論は、経営を単一の意思決定や個人の力量の問題としてではなく、複数の要素が相互に影響し合う構造として捉えます。
具体的には、経営者の意思、経営理念やビジョン、ビジネスモデル、仕事や組織の仕組み、職場の行動環境といった要素が、相互に連動しながら企業の状態を形づくるという見方です(東渕, 2017, 2020)。
この視点を持つことで、コーチの問いは、自然と経営全体を同時に見渡すものへと変わっていきます。
たとえば、従来のコーチングでは、次のような問いが中心になります。
「あなたはどうしたいですか。」
「それは、あなたにとってどんな意味がありますか。」
成長ドライバ理論を踏まえると、問いは次のように拡張されます。
「あなたはどうしたいですか。」
「それを決めると、他の部分にはどんな影響がありますか。」
「社員の動き方は、どこで変わりそうですか。」
問いが厳しくなっているわけではありません。
問いが、経営者個人の内面だけで完結せず、経営の構造へと自然につながっていくのです。
この違いは微妙ですが、実務上の影響は大きく、経営者の思考が「自分の気持ち」から「経営としての整合」へと移行するきっかけになります(Schön, 1983)。

2.腹落ちの局面
また、コーチングでは、腹落ちが行動変容の起点として重視されます。
経営者が自分の考えや感情を言語化し、「なるほど」と腑に落ちた瞬間に、行動が変わるという前提です(Whitmore, 2017)。
成長ドライバ理論を知ると、この腹落ちにも種類があることが見えてきます。
たとえば、次のようなやり取りです。
「なるほど、自分が全部抱えすぎていました。」
「それに気づいた今、何が一番変わりそうですか。」
「……判断の基準そのもの、かもしれません。」
ここで起きている腹落ちは、感情の整理ではありません。
「忙しさ」や「不安」といった感情が軽くなったという話ではなく、判断基準そのものが言語化され、更新されつつある状態です。
成長ドライバ理論の視点から見ると、これは経営者の内面変化であると同時に、経営構造に影響を与える変化だと捉えられます(東渕, 2017, 2020)。
この違いが分かるようになると、コーチは「もう十分だ」「まだ早い」という判断を、感覚ではなく構造に基づいて行えるようになります。
感情の整理にとどまる腹落ちなのか。
判断基準や優先順位に波及する腹落ちなのか。
その見極めができることで、介入の深さやタイミングが変わります。

3.コーチングとしての進化
さらに、成長ドライバ理論は、支援者に対して明確な線引きを与えます。
それは、「今は手を出さない」「これは経営者が引き受けるべき判断だ」という判断基準です。
エグゼクティブコーチは、ときに次のような葛藤を抱きます。
「ここで助言すれば、決断は早まる。」
「しかし、それは経営者の判断基準を育てない。」
成長ドライバ理論は、この葛藤を整理する枠組みを提供します。
どのドライバに関わる判断なのか。
それを支援者が代替すると、どのドライバが育たなくなるのか。
こうした視点を持つことで、助言を控えること、介入を遅らせること、沈黙に耐えることが、単なる我慢ではなく、意図をもった支援行為になります(Heifetz, Grashow, & Linsky, 2009)。
結果として、成長ドライバ理論を知ったコーチは、「自分はいま何を支えているのか」を常に確認するようになります。
それは、経営者の感情でも、能力でもありません。
経営全体が前に進むための整合性です。
この視点を持ったとき、コーチングは、個人の内面支援にとどまらず、良い会社づくりの伴走支援として、もう一段深い役割を果たすようになります。

参考文献
Heifetz, R. A., Grashow, A., & Linsky, M. (2009). The practice of adaptive leadership: Tools and tactics for changing your organization and the world. Harvard Business Press.
Schön, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. Basic Books.
Whitmore, J. (2017). Coaching for performance: The principles and practice of coaching and leadership (5th ed.). Nicholas Brealey.
東渕則之 (2017). 「成長ドライバ理論による良い会社づくりのアプローチ」松山大学論集
第29巻第3号, 55–100。
東渕則之 (2020). 「成長ドライバ理論が拓く総合経営診断の新たな地平 ―その理論と実践報告―」日本経営診断学会論集19, 50–56。

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