社員を大切にしても、会社は良くならないのか?― 成長ドライバ理論が示す“構造”の正体 ―

社員を大切にすることは重要です。
では、それだけで会社は良くなるのでしょうか。
多くの経営者が「人を大切にする経営」を掲げています。
しかし現実には、それだけではうまくいかないケースも少なくありません。
なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。
その理由は、「人を大切にすること」だけでは会社は回らず、それを活かすための土台となるものが必要だからです。
それが、経営の“構造”です。
本稿では、成長ドライバ理論のフレームワークを手がかりに、「良い会社づくりをどのように進めるか」を整理していきます。

■ 全体を捉えるフレームワーク
成長ドライバ理論の特徴は、従来の経営学の範疇では分断されていたものを、全体的に俯瞰できるフレームワークである点にあります。
組織、人事、経営戦略、販売・マーケティング、財務、情報などは、本来一体となって企業活動を構成しています。
しかし学問の世界では、それぞれが専門領域として分かれ、個別に深められてきました。
そのため、全体として経営を捉える視点が見えにくくなっている側面があります。
成長ドライバ理論は、この分断された領域をあらためて統合し、全体的な視点から捉え直そうとするものです(Peter Senge 1990;David Teece 2011)。

■ 理論的な位置づけ
学術的に位置づけると、成長ドライバ理論は、組織を「個人の判断と行動が連鎖する動的システム」として捉える点に特徴があります。
この点は、Christopher BartlettとSumantra Ghoshal(1997)のIndividualized Corporation論と通底する問題意識を共有しています。
その上で本理論は、それを日本企業の文脈に即して構造化し、ビジネスモデルやシステム化・型決めも取り込み、診断・運用可能なフレームワークとして再構成した点に独自性があります。
なお本稿でいう「構造」とは、組織図や制度のような固定的な枠組みではありません。
判断と行動がどのように連鎖しているかという関係性のパターンを指します。

■ フレームワークのポイント
成長ドライバ理論のポイントは2つです。
第一に、企業活動を駆動するドライバとして、メインドライバ5つ、サブドライバ5つが存在すること。
第二に、それらの間に整合性と影響の伝播があることです。
これらのドライバは、それぞれ単独で高めればよいわけではありません。
ドライバ間の整合性や影響の伝播を意識しながら、全体としてレベルを高めていくことが求められます。
このような視点で経営行為を考え実施していくことで、企業活動は全体最適な形でなされるようになります。
これは、経営の基本メカニズムが回っている状態と言ってよいでしょう。

■ 「社員を大切にする」という意味
良い会社づくりにこのフレームワークを適用する際には、「社員を大切にする」という視点が入ります。
企業活動は社員の仕事の集合体です。
社員を大切にすることによって社員のエネルギーが高まり、経営の基本メカニズムの中で、それがよりスムーズに、効率的・効果的に回るようになります。
ここでいう「社員を大切にする」とは、
社員に対して誠実であり、
厳しい中にも働きがいがあり、
イキイキと働くことができ、
仕事を通じて人としても社員としても成長できる環境があること
を意味します。

■ 良い会社づくりの本質
以上をまとめると、
良い会社づくりとは、経営の基本メカニズムを確立し、その中で社員を大切にすることによって、それを回していくことである。
ということになります。
良い会社づくりが軌道に乗れば、会社は質的に成長していきます。
経営基盤が確固としたものとなり、
より良い商品・サービスが生み出され、
顧客満足や社会からの信頼が高まり、
それに伴って売上や利益も増大していきます。
そして同時に、社員の物心両面での幸せも実現されていきます。

■ 会社健全度(良い会社度)という考え方
ここで本稿が扱う「会社健全度(良い会社度)」について、測定の概念を確認しておきます。
会社健全度は、売上や利益といった結果そのものではなく、結果を生み出す前提としての経営の「構造健全性」を捉える指標です。
すなわち、理念・ビジネスモデル・仕事の仕組み・行動環境が整合し、判断と行動が無理なく連鎖しやすい状態にあるかを総合的に評価するものです。

■ データが示す関係
これはストーリーとしての想定の語りではなく、実際のデータでも確かめられています。
下記の図は、「会社の健康診断」の120社の統計データを基に作成した散布図です。

会社健全度が高まり、「良い会社」になるほど、会社の成果(社員の成長、業務の仕組みづくり、顧客満足の向上をはじめとして、主とする財務成果等)が高まっていることを裏付けています。
(ただし、ここでの成果については、これらの相関を見るためのものです。会社健全度には成果10点での評価点数が入っているので、それをあらかじめそれを減じて、その上で合計スコアに100/90を乗じて100点満点にしています。)

「会社健全度(良い会社度)×成果」の散布図

この図は、会社健全度(良い会社度)と成果の間に正の関係が観察されることを示しています。
ここで重要なのは、これは「健全度を上げれば必ず成果が出る」という単純因果を主張するものではないという点です。
健全度が高い企業ほど、成果につながる状態(構造)が整っている可能性が高いという示唆を与えるものです。
なお、本来は会社健全度の算出に成果も含まれますが、ここでは相関を見るために成果部分を除外しています。
この散布図からわかるように、企業経営においては、良い会社づくりを指針として進めることで、会社が質的に成長し、結果として財務業績も向上していくと考えることができます。

■ 実践への落とし込み
では、これをどのように実践するか。
将来、良い会社になったときのイメージを思い浮かべ、常に成長ドライバ理論のフレームワークを意識しながら、現在の会社の状況を客観的に俯瞰します。この際、「会社の健康診断」も役に立ちます。
その上で、整合性と影響の伝播を見極めながら、各ドライバがあるべき姿に近づくように打ち手を考え、実施していきます。
この積み重ねによって、経営の基本メカニズムが回り始め、社員を大切にすることで、そのメカニズムが効率的、効果的に回り、財務成果も自ずと付いて来ることになります。

良い会社は、偶然ではなく、構造としてつくられる。


参考文献
Ghoshal, S., & Bartlett, C. A. (1997). The individualized corporation: A fundamentally new approach to management. HarperBusiness.
Penrose, E. T. (1959). The theory of the growth of the firm. Oxford University Press.
Senge, P. M. (1990). The fifth discipline: The art and practice of the learning organization. Doubleday.
Teece, D. J. (2011). Dynamic capabilities and strategic management: Organizing for innovation and growth. Oxford University Press.
坂本光司(2008)『日本でいちばん大切にしたい会社』あさ出版.
東渕則之 (2017). 「成長ドライバ理論による良い会社づくりのアプローチ」松山大学論集 第29巻第3号, 55–100。
東渕則之 (2020). 「成長ドライバ理論が拓く総合経営診断の新たな地平 ―その理論と実践報告―」日本経営診断学会論集19, 50–56。

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