成長ドライバ理論を知ったコーチは、何に「耐える」ようになるのか――決断の前の静けさに居続ける
成長ドライバ理論を知ったコーチは、何に「耐える」ようになるのか
――決断の前の静けさに居続ける
成長ドライバ理論を知ったコーチに起きる変化は、「何をしなくなるか」だけではありません。
同時に、「何に耐えるようになるか」という、より見えにくく、しかし本質的な変化が生じます。
それは、経営者が決断に近づいていると分かっているからこそ、あえて手を出さずに居続ける時間に耐える力です。
1.沈黙の意味
この耐える力は、技法として教えられるものではなく、理論によって意味づけられて初めて身につくものだと言えます(東渕, 2017, 2020)。
最も分かりやすいのは、沈黙への耐性です。
経営者が考え込み、言葉が途切れたとき、支援者の側には強い不安が生じます。
「何か問いを足したほうがよいのではないか。」
「場を前に進めるために、整理してあげたほうがよいのではないか。」
こうした衝動が湧くのは、ごく自然な反応です。
特に、対話を前に進める訓練を受けてきたコーチほど、この沈黙を「停滞」と感じやすい傾向があります(Grant, 2014)。
成長ドライバ理論を知ったコーチは、そこで次の問いを自分自身に向けるようになります。
「この沈黙は、逃げている沈黙か、それとも引き受けている沈黙か。」
この問いは、沈黙を良し悪しで判断するのではなく、その質を見極めるためのものです。
たとえば、次のような場面です。
経営者「正直、決めるのが怖いです。」
支援者「……。」
経営者「でも、誰かが代わりに決めてくれる話ではないですよね。」
この沈黙は、避けている時間ではありません。
経営者が、自分で判断を引き受ける覚悟に向かって内側で調整している時間です。
このとき支援者が言葉を足してしまうと、判断の重みは再び外に預けられてしまいます。
ここで言葉を足さないことに、コーチは耐えます。
この耐え方は、放置ではなく、判断が育つ瞬間を守る行為です(Heifetz, Grashow, & Linsky, 2009)。
2.成果までの時間
次に、成果がすぐに見えない時間に耐えるようになります。
伴走支援では、良い対話ができたからといって、すぐに売上や業績が改善するわけではありません。
むしろ多くの場合、経営者の判断基準が整理され、経営の構造が少しずつ整い始めた後、一定の時間差を伴って変化が現れます。
この時間差は、外から見ると「何も起きていない期間」に見えることもあります。
この期間に耐えられず、支援者が介入を増やしてしまうと、「動かそう」とする善意が、結果として経営者の判断力を奪ってしまうことがあります。
成長ドライバ理論は、ここで次のような見通しを支援者に与えます。
「いまは、まだ結果が出なくてよい段階だ。」
「ここで焦ると、別のドライバに歪みが出る。」
この見通しがあることで、成果が見えない時間を「失敗」ではなく、「調整の途中」として捉えられるようになります(東渕, 2017, 2020)。
さらに、経営者が迷い続ける姿を見守ることにも耐えるようになります。
支援者にとって、迷いが長引くことは精神的な負担になります。
「本当に前に進んでいるのだろうか。」
「自分の関わり方が間違っているのではないか。」
こうした不安が生じるのは自然です。
しかし、成長ドライバ理論を知ると、迷いを一律に否定しなくなります。
その迷いが、「無駄な停滞」なのか、「必要な調整」なのかを見分けられるようになるからです。
たとえば、複数のドライバ間で整合が取れていない状態では、安易な決断よりも、迷い続けるほうが健全な場合があります。
必要な調整だと分かっていれば、支援者は急かさずに、その場に居続けることができます(Schön, 1983)。
この「耐える支援」は、派手ではありません。
成果指標にも表れにくく、評価もされにくい行為です。
それでも、良い会社づくりの伴走支援においては、最も重要な力の一つだと言えます。
なぜなら、経営者が自分の判断を自分のものとして引き受けるためには、誰かが代わりに決めない時間が必要だからです。
成長ドライバ理論は、支援者に勇気を与えます。
何かをする勇気ではありません。
しないことに耐える勇気です。
その勇気があるからこそ、経営者は、自分の判断を他人に預けるのではなく、自分自身の意思として引き受けることができるのです。
参考文献
Grant, A. M. (2014). The efficacy of executive coaching in times of organisational change. Journal of Change Management, 14(2), 258–280.
Heifetz, R. A., Grashow, A., & Linsky, M. (2009). The practice of adaptive leadership: Tools and tactics for changing your organization and the world. Harvard Business Press.
Schön, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. Basic Books.
東渕則之 (2017). 「成長ドライバ理論による良い会社づくりのアプローチ」松山大学論集
第29巻第3号, 55–100。
東渕則之 (2020). 「成長ドライバ理論が拓く総合経営診断の新たな地平 ―その理論と実践報告―」日本経営診断学会論集19, 50–56。
