間違いへの返し方に、人が出る|「なんのはなしですか 」で気づいたこと|コニシ木の子さん|noteの路地裏
人は、間違える。
それ自体は、避けられない。
見落としたり、早とちりしたり、
思い込んだり。
どれだけ気をつけていても、
勘違いしてしまうことはある。
でも、そんなときに出るものがある。
その人が、間違いをどう受け止めるか。
そして、間違えた相手にどう返すか。
最近、そのことを強く感じる
出来事がありました。
コニシ木の子さんの記事に、
コメントを書きました。
「なんのはなしですか」の
流れのつもりで書いたのですが、
あとからそれが回収期間外だとわかりました。
つまり、私の勘違いでした。
気づいたとき、ああ、やってしまった、
と思いました。
ちゃんと理解できていなくて
申し訳なかったし、お手数をかけてしまった。
後ろめたさを感じました。
間違えた側としては、そういう瞬間があります。
できればなかったことにしたいような、
自分のそそっかしさを
直視しなければならないような、
少し居心地の悪い瞬間。
けれど、そこでその人がどう返すかで、
その場の空気はまるで変わるのだと思いました。
コニシ木の子さんは、私の勘違いに対して、
ただ「期間外です」と線を引くのではなく、
回収期間のこと、次回の日程のこと、
プロフィールや編集後記に
案内を書いていることまで、
とても丁寧に教えてくださいました。
私ならどうするか考えたとき、
回収期間外であることや次回の期間を伝え、
「また次回、ぜひよろしくお願いしますね」😊と返す。
恐らくそれが、私にできる丁寧さだっただろうと思います。
しかも、 「見つけにくいですよね笑」
と書いてくださっていて。
そのひと言に、救われました。
正しさだけを返すことは、
きっと誰にでもできますよね。
でも、間違えた相手の気まずさを想像して、
そっと和らげるように言葉を返すことは、
やさしさがないとできない気がします。
しかも、そのあとに
「あとで回収しときます笑」
とまで書いてくださった。
私はそこで、ただ恐縮するだけではなく、
その人の人柄に触れた気がしました。
間違いを責めるのではなく、 事情を伝えて、
安心させて、 そのうえで受け止めてくださる。
そういう返し方に、はっとさせられました。
さらにあとから本当に回収してくださって、
「リクエストにお応えしておきました笑」 と、
やわらかく返してくださいました。
ご多忙であろうコニシさんが、
やり取りの中で
すぐにコメントを返してくださったこと、
すぐに記事を追加掲載してくださったこと。
イレギュラーな対応にも、
やさしく丁寧に向き合い、
さらにひとつひとつの記事を読んで、
新たな感想まで添えてくださったこと。
その仕事の早さと対応のあたたかさに、
また胸を打たれました。
人は、立派なことを言うときだけ、
その人らしさが出るわけではなくて。
むしろ、誰かの間違いに向き合ったときにこそ、
その人らしさが表れるのかもしれません。
間違えた側にも、態度は出るのだと思います。
私は私で、きちんと謝ること、認めること、
ごまかさないことしかできませんでした。
けれど今回、間違いはただの失敗ではなくなりました。
ああ、人はこういうふうにもふるまえるのだな、
と学ぶ出来事になったのです。
以前、私は
「なんのはなしですか」というタグについて、
その魅力や、そこに流れる空気について書きました。
けれど今回感じたのは、 その空気は、
言葉だけでできているのではない、
ということでした。
誰かが間違えたとき、
その人を小さく追い込むのではなく、
やわらかく受け止める人がいる。
だから、その場の空気もまた、やわらかくなる。
文化というのは、きっとそうやって作られていく。
私は勘違いをしてしまいました。 それは事実です。
でも、その出来事の記憶は、 申し訳なさよりも、
あたたかさとして残りました。
人は、間違えないことではなく、
間違いにどう向き合うかに、その人らしさが出る。
そんなことを、コメント欄で教えてもらいました。
コニシ木の子さんのやさしさと、
「なんのはなしです課」通信員の
皆さんに会えるnoteの路地裏です。
もしよければ、のぞいてみてください。

いいなと思ったら応援しよう!
応援して頂きありがとうございます🍀
クリエイター活動費に使わせて頂きます🙏✨
素敵な輪が広がりますように🌈