『富良野・美瑛撮影旅』人が紡いできた景色に色々な思いを抱く私の写真に対する姿勢の話
みなさん、お久しぶりです。
ここ最近、風景の撮影にあまり行けずに更新も止まってました。
という言い訳をしておきまして、今回は富良野と美瑛に撮影に行ってまいりました。
ここ十数年で富良野・美瑛エリアを取り巻く環境は大きく変わったと思います。
インバウンドの大幅な増加、国内旅行客も増えてオーバーツーリズムの問題が出るほどに。
私が初めて美瑛に訪れたのは車の免許を取得した約14年前。
父のお下がりのトヨタ コロナに乗って、父と一緒に初めてまともな遠出をしたのが美瑛でした。
その頃にはカメラマンとしてのキャリアを歩み始めていたかは朧げですが、写真でしか見たことのない景色が眼前に広がった瞬間はいまだに鮮明に記憶に刻まれています。
起伏の激しい丘の風景、畑の中にポツンと立つ一本の木、その木が後から今は無くなってしまった哲学の木と知った時は、木にすら名前が付いていることが新鮮でした。
そんな初めての美瑛から14年も経ち、毎年数回は訪れる中でたくさんの眺望が良いポイントを知り、そしてたくさんのスポットを知れば知るほど、この地の人々が紡いできた風景に想いを馳せる機会も増えました。

そもそも美瑛や富良野という土地の成り立ちをざっくりと説明すると、200~100万年前に起こった十勝岳連峰〜大雪山系の大規模噴火によって火山灰や軽石が火砕流とともに堆積し、河川による侵食により長い年月をかけて今の波状丘陵を形成したとされています。
その後、明治期から始まる開拓により丘陵には畑を、平坦地には水田を作り、現在まで続く富良野・美瑛になりました。
その後、美瑛を訪れた写真家の前田真三氏により、この風景は全国に知れ渡ることになります。
日本でありながらヨーロッパの田園風景のようなこの場所は、風景写真を撮る人に限らず、全国、全世界から観光客が訪れる観光名所になっています。

さて、そんな富良野や美瑛に訪れて私がまず最初に思うのは、「人が作り出した風景の美しさ」です。
観光関係の記事や本には、「北海道といえば圧倒的な大自然」的なことがたくさん書いてあるかと思います。
道東の自然が織りなす絶景、圧倒的なスケールの岬や海岸線の風景。
どれも自然が長い年月をかけて作り出した風景であることが根底にあり、そこに手を加えることで観光地化している場所が多いと思います。
ですが、富良野・美瑛の風景に関しては、そのほとんどが人の手によって紡がれ、作り出されたものです。
丘陵地形であることは自然の力によるものですが、開拓がされなければ鬱蒼とした原生林のまま。
先人たちが開拓をし、この地で生活を営み、紡いできた風景が富良野・美瑛です。
そんな風景を撮影すると考えると、ピンと背筋が伸びます。
もちろん美瑛の奥の方、十勝岳連峰の方へと行けばそれに伴って自然が残っています。
ヒグマも出るような自然もちゃんと残っていますが、そうではない地域のほとんどは農家の方や、酪農家の方が日々暮らす場所です。
「勝手に感謝されても困る」
と言われるかも知れませんが、それでも私は富良野や美瑛の畑や牧草地を撮影する時は、目の前の風景や、そこに住む方々へ少なくとも失礼の無いようにしようと心がけています。

そしてもう一つ、私が風景を撮るにあたっての最近のスタンスと言いますか、姿勢があります。
それは「風景に対して傲慢にならない」というものです。
風景写真に限らず、写真はそもそも光を捉えるものというのが根底にあります。
光がなければ写真は真っ黒な1枚の何かでしかありません。
風景写真も光がとても重要で、朝や夕方が風景写真にオススメなのは、日が昇りきっていない時の光がとても美しい光景を演出してくれるからです。
コントラストが高い、光と影が織りなす光景はとても感動的です。
ですが、そうではない時間帯や曇天ではいわば光が満遍なく回って、絵としては平坦で、撮っても面白くないという方が多いのではないでしょうか。
私も以前は、そんなドラマチックな光を追って早朝や夕方めがけて撮影に出ていました。
もちろん、今でもそれは変わっていません。
ただ最近は、「光が面白くないから撮影をしない」というのは少し傲慢じゃないかな、と考え初めています。
以前より曇天での撮影もたくさんしてきましたが、多分どこかにこういった考えがあったのかもしれません。
富良野や美瑛は畑の中にある木や、道の風景がとても美しいです。
曇天でも、その風景が美しいことに変わりはありません。
光の演出という要素が無くても美しいと感じます。
富良野や美瑛は、その風景を人が作り出したということもあり、それを撮らせてもらっているというのは、本当にありがたいことです。
そんな風景を、光という要素が薄いからというだけで撮影をしないのは勿体無いのはもちろん、向き合う姿勢として少し傲慢じゃないかな、という思いが自分自身の中にあります。
曇天でも表現できることがあると思い、以前からたくさんそういう写真を見て実践して、技術を身につけてきて、やっと色々と表現できるようになってきました。
天気が悪く光が良くないからといって撮らないのではなく、持っている技術を総動員して風景に向き合う姿勢を忘れたくないものです。

今回の富良野・美瑛への撮影でそんな考えがバリっと明確になったと思います。
これからもカメラマンとして、被写体に対して変にへりくだりはせず、ただ謙虚な姿勢は忘れずに向き合っていきます。
