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『名著でひらく男性学』/府中ハケ下雑記/書評/小林えみ

2017年ごろから「#MeToo運動」が盛んになり、私もその運動を大歓迎した。「女性として扱われて生きてきた」、さまざまな女性の構造的差別が指摘され、個別の事例に(解決まで至らなくとも)追及され、社会が変化していくことを歓迎した。
その追及先に男性たちがいた。

「Not all men(すべての男性が加害者ではない→だから自分は加害者ではないので関係ない)」というスタンスは疑問がわくが、一方ですべての個別の加害について男性すべてに問題があるわけではない。
そして、男性という属性の中にも階層や違いがあり、必ずしもすべて同じ特性・状況にあるわけではない。
女性というジェンダーのことを考えるように、男性というジェンダーについても、細やかな分析と、それに応じての現実の応対が必要だ。
そうして(諸説あり)、男性学は(その定義もまだ揺らぎをもちながら)研究がされている。

では、みなさんは「男性学」に触れたことがあるだろうか。
これは、日本で「男性性/男性学」について研究や評論を行っている識者4名が、男性学の名著を紹介しながら、男性学と日本・世界の男性の現在についてコメント・対話をしている。

私たちは、性について、まだあまりにも知らない。
従前の社会があるから、なんとなくそれを受け入れ、内面化しているけれど、よく勉強している人であっても、その内実や社会的構造について知っていることは、ごく一部だ。
だから、知り、考え続けなければいけない。
この書籍の著者たちもそれぞれ著作があり、「男性」の問題を提示してくれる。
だが、改めて立ち返ってみるならば、こうした「名著」から出発して、それぞれがまた考える機会をこの本が与えてくれる。

男/女、という二元論も、未来は古典としてまとめられるものになるだろう。
ただ、まだその枠組みの構造が残っている世界で、私たちはそれぞれの立場から性のスペクトラム(幅広い範囲)を見渡し、ひとつひとつの問題をなくしていかなければいけない。
マルジナリア書店で開催した本書の刊行記念イベントで、終盤に杉田俊介氏は「差別的な構造をなくしていくということは(いまの)男性はやはり幸福度は下がっていくと思う、だけど、それでも全体でまともな社会であること」が翻って男性の幸福にもつながる、とお話された。
私は、男性全体の幸福度は下がるとは考えておらず、一部の特権的である人は「権力的な横暴が許容されることでの自己満足度という幸福」は減るかもしれないが、「自己満足度」が周囲の冷ややかな目線などに囲まれて幸福であるとは思えず、副作用や依存度の強い麻薬で多幸感を感じることを、現代社会では「それは幸福だね」と言わないように、「自己満足的幸福感」が減ることでの(麻薬の禁断症状のように)苦しみはあるかもしれないけれど、やはり「まとも」であることで、むしろ幸福度が増すと思う。杉田氏の口頭での言葉尻をどうこうしたいのではないが、一応細かく指摘はしてしまったが、「(仮に)男性の幸福度が下がるとしても、まともな社会であってほしい」ということと受け止めると、そのご発言に賛成で、私たちはそのように向かっていくべきだ。
それはお前が女で、男の利益を奪えるからだろ、という意見がでてくるかもしれないが、ジェンダー/男女という属性に関してはそういう側面があるにしても、私は身体的には健常というマジョリティに属していたり、世界的には(日本国内ではかなり収入が低い層ではあるが)水道光熱も自由に使えるリッチな社会の住人だ。それらも、同じようにとらえ直さなければいけないと思う。

少し話がそれたが、「男性」という属性からの加害に苦しめられた被害経験を持つ人たちにも強いて「男性のことも学べ」というつもりはない。そこは、人それぞれの受け入れられる余地は異なる。
ただ、もし少しでも「ジェンダー全体」に関心を持てる余裕がある人であれば、今の自分の属性如何にかかわらず、「男性学」にも目を向けてほしいし、そのための導入として、本書から名著、また各著者の書籍などに関心を寄せることをおすすめする。
そして、言うまでもないことだが、それと並行してフェミニズム、またLGBTQ、さまざまなスペクトラムに位置する私たちの多様な性についても併せて目をむけてほしい。
そうして、さまざまな視点から見て考えることで、私たちの世界の見え方はまた一層鮮やかになり、そして社会が「まとも」になっていくことで、私たち「みんなの」幸福度はあがっていくだろう。





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