大企業に学ぶ:特許の4つの使い方
2026年6月15日、米国の知的財産所有者協会(IPO)が、米国で特許を多く取得した企業のランキングを発表しました。
首位はサムスン電子で7,526件。2位は台湾のTSMC、3位にクアルコム、4位にファーウェイ、5位にキヤノンと続きます。
たとえば、4位のファーウェイ。米国の制裁で、アメリカではスマホがまともに売れない会社です。なのに、米国での特許の数は世界4位。普通なら、市場から閉め出されたら撤退を考えそうなものですが、逆に権利を積み増しています。
あるいは、3位のクアルコム。スマホを一台も作っていないのに、スマホが売れるたびに儲かる会社です。
実はここに、私たちが「特許」という言葉から思い浮かべるイメージと、企業が実際にやっていることの、大きなズレが隠れています。
今回は、このランキングに名を連ねる世界の大企業を例に、「特許のもう一つの顔」——交渉・課金・囲い込み・抑止という4つの使い方を見ていきます。
今回のポイント
特許は自社製品を守るだけの道具ではない。
大企業は特許を、①交渉カード②課金システム③囲い込み④抑止力として使い分けている。
市場を失っても、権利でお金を生む会社がある(ファーウェイ)。
製品を作らなくても、権利だけで稼ぐ会社がある(クアルコム)。
「本体は安く、消耗品で回収する」モデルを守る攻防には、特許・技術・独占禁止法のせめぎ合いがある(キヤノン)。
ほとんど製品にならない特許が、「弾丸」や「撃たれないための盾」として効いている。
① 交渉 ― 市場を失っても、権利は残る(ファーウェイ)
はると:なあ、りょう。さっきのランキング、4位のファーウェイってさ。アメリカで製品を売れないんだろ? なのに特許は世界4位って、どういうことだよ。
りょう:順番に話すね。まずは「なんでアメリカで売れないのか」から。ファーウェイって、もともと世界トップクラスのスマホ・通信機器メーカーなんだ。でも2019年に、米政府が安全保障上の懸念を理由に、ファーウェイを事実上の取引制限リストに載せた。
はると:取引制限リスト?
りょう:ざっくり言うと、米国の企業がファーウェイと自由に取引できなくなった、ということ。結果としてファーウェイは米国市場から実質的に締め出された。
はると:なるほど、普通ならそこで撤退だよな。
りょう:そう、ところがファーウェイは撤退しなかった。「売ること」はできないけど、代わりに「使わせて、使用料を取ること」——特許のライセンスで収益を得るようになった。
はると:ライセンス?
りょう:うん。アメリカで製品を売ってる「他社」がファーウェイの特許を使ってることがある。だったら、その他社から使用料を取ればいい。市場は失っても、権利は手元に残ってるからね。
はると:払う側って、そんなにいるの?
りょう:これがけっこういる。ファーウェイにライセンス料を払っている会社には、フォーチュン500のおよそ1割——48社が含まれてる。オッポみたいなスマホメーカーから、欧州の自動車メーカーまで。受け取った額は、2024年で約6.3億ドルと言われてる。
はると:工場を動かさずに、それだけ入ってくるのか……
りょう:そう。他社の売上に「関所」を作るイメージだね。売上を失っても残った権利を、ちゃんと現金に変えている——ここがポイントなんだ。
はると:なるほど、撤退じゃなくて、残ったカードで戦ってるってことか。
② 課金 ― 作らずに、権利で稼ぐ(クアルコム)
りょう:同じ「権利で稼ぐ」でも、もっと極端な会社がランキング3位にいるよ。クアルコムだ。スマホを一台も作ってないのに、スマホが売れるたびに儲かる。
はると:作ってないのに儲かる?どういうことだよ。
りょう:クアルコムはスマホのチップで有名なんだけど、本当の稼ぎ頭はチップより「特許」でね。特許のライセンス部門の売上は、会社全体の15%くらいしかない。
はると:15%?じゃあ大したことないじゃん。
りょう:ところが、その小さな部門が、年によっては会社の純利益の約半分を叩き出してる。利益率はだいたい7割。
はると:7割!?そんなに残るのか。
りょう:カラクリはシンプルでね。クアルコムのチップを買うときは、特許の使用許諾もセットで払う仕組みになってる。業界では「ノー・ライセンス、ノー・チップス」なんて言われ方をするくらい。だからスマホが1台売れるたびに、使用料がチャリンと入ってくる。
はると:作らないほうが、儲かってるみたいに見えるな……
りょう:特許には、「自社製品を守るための特許」と、「稼ぐための特許」がある。クアルコムが選んだのは後者。課金システムとして特許を使ってるんだ。
③ 囲い込み ― 替刃モデルを、どう守るか(キヤノン)
りょう:ここまでは稼ぐ特許の話。次は、もう少し身近な例にしようか。ランキング5位で、日本企業トップのキヤノンだ。
はると:キヤノンって、プリンタの?……あ、そういえばさ。プリンタって本体は安いのに、インクがやたら高いよな。あれも特許なの?
りょう:いいところに気づいた。本体を安く売って、インクやトナーで回収する。ヒゲ剃りの本体と替刃の関係と同じだね。あれは「替刃モデル」って呼ばれてる。で、その「替刃」の部分を守ってるのが、大量の特許なんだ。
はると:特許も沢山取っているんだ。
りょう:まさに。キヤノンの米国特許は世界5位、2,988件。日本企業ではトップだよ。ただね、この替刃モデルには、ひとつ大きな壁がある。「消尽(しょうじん)」っていうんだ。
はると:ショウジン?
りょう:一度メーカーが売った製品については、その分の特許権は「尽きる」っていう考え方。つまり、正当に販売された製品については、販売後に特許権の効力が及ばないのが原則。だから、買った人がインクを詰め替えたり、使い終わったタンクを再生して売ったりするのは、原則として合法になる。
はると:えっ、じゃあメーカー、困るじゃん。
りょう:困る。だからメーカー側はこう主張する。「これは詰め替えじゃない。実質的に新しく製造しているんだ」ってね。新たな製造なら、特許権はまだ効いてる、と。実際キヤノンは、2007年の最高裁で、再生インクタンクの販売差し止めまで勝ち取ってる。
キヤノンインクタンク事件:最判平成19年(2007年)11月8日
はると:おお、勝ったのか。
りょう:さらにキヤノンは、技術でも囲い込もうとした。カートリッジにICチップを載せて、再生品をそもそも使えなくする、というやり方だね。
はると:それ、アリなの?なんかズルくない?
りょう:ここでもう一つの壁が立つんだ。独占禁止法だよ。このICチップは、2004年に実際、公正取引委員会の調査対象になった。委員会の考え方はこうだ——チップ自体は適法でも、必要を超えて再生品を締め出すと、独禁法に触れうる、と。
はると:じゃあ、どこまでがセーフでどこからアウトなの?
りょう:そこが難しくて、結局は個別事情で線引きが変わる。だから一概に「チップはアウト」とも「セーフ」とも言えない。
④ 抑止 ― 製品にならないのに、なぜ出すのか
りょう:最後に、ランキング全体に関わる話をするね。上位の会社って、毎年何千件も特許を取ってる。でも実は、その多くは一度も製品にならないんだ。
はると:えっ、製品にしないのに取るの?なんで出し続けるんだよ。
りょう:特許には「コア特許」と「周辺特許」の2つの種類があるんだよ。
はると:どういうこと?
りょう:事業における役割の違いだね。まず、コア特許。これは実際に製品に使われて、事業を守る参入障壁になるもの。数は少ないけど、同業他社には絶対にライセンスしない。事業を独占するための特許だね。
はると:これが特許のイメージだな。
りょう:もう一つは周辺特許。製品に使われない大半の特許がこれ。一言でいうと「軍備」としての役割。
はると:軍備?
りょう:一つの役割は「弾丸」。他社のコア特許とのクロスライセンスを狙って、他社の参入障壁を下げる働きがある。
はると:ん?どういうこと
りょう:使っていない自社の周辺特許が、他社の製品をカバーしていたとするよね。そんなときに「あなたの製品はうちの特許(周辺特許)を侵害しているので、うちの特許(周辺特許)をあなたにライセンスする代わりに、あなたの特許(コア特許)をうちにライセンスしてくれませんか」って交渉するわけ。
はると:それはどんな意味があるの?
りょう:これがうまくいけば、他社のコア特許がつかえるので、それが守っている他社の事業に参入できる。一方で、代わりに差し出した周辺特許は自社では使っていないので、他社に使われても痛くもかゆくもない。
はると:こちらの事業に参入させることなく、他社の事業に参入できるってことか。
りょう:そうだね。だから逆に自社のコア特許は絶対にライセンスしちゃいけない。周辺特許を持っていないと、コア特許を差し出さなきゃならなくなるから、トレード要員としても周辺特許は重要。
はると:なるほどね。
りょう:さらに周辺特許は「抑止力」としても働く。
はると:核抑止力みたいな感じ?
りょう:そうそう、スマホも半導体も、今の技術って複雑に絡み合っているから、「互いの特許を完全に避けている」と断言することが難しいんだ。
はると:えっ、みんな侵害してるってこと?
りょう:グレーな部分が避けられない、というほうが近いかな。だからこそ、特許は撃たれないための盾にもなる。仮に誰かに訴えられても、「じゃあ、こっちの特許も使ってるよね」と返せる。手札があれば、相手も簡単には撃ってこない。
はると:なるほど。お互い刀を持ってるから、抜かずに済むってことか。
りょう:そう、まさに抜かない刀。実際、発行された米国特許のうち、訴訟にまで至るのはごく一部で、数%にも満たないと言われてる。残りの大半は抑止力としてちゃんと効いてるんだ。
はると:使われない特許にも、意味があるんだな。
今回のまとめ
特許には、自社製品を守る以外の使い方があります。今回見た4つを整理すると以下のようになります。
交渉(ファーウェイ):市場を失っても、ライセンス料という形で権利は残る。
課金(クアルコム):製品を作らず、権利だけで稼ぐ。利益の源泉が、工場ではなく許諾になっている。
囲い込み(キヤノン):替刃モデルを守る攻防は、特許・技術・独占禁止法のせめぎ合い。消尽や独禁法の線引きは、個別事情で変わる。
抑止(全体):ほとんど製品にならない特許が、相手事業の参入障壁を下げる「弾丸」や「撃たれないための盾」として効いている。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
弁理士 中村幸雄
