「知っている」と思った瞬間、学びは止まる
「知っている」と思った瞬間、学びは止まるのかもしれません。
先日は、トシ先生のヴェーダンタのワークショップでした。
そこで印象に残ったのが、
「教えは、毎回オープンマインドで、フレッシュな気持ちで聞く」
というお話です。
聞いたことがある。
知っています。
そう思った瞬間に、受け取れるものが減ってしまうのだと思います。
同じ教えでも、自分の状態が変われば、まったく違って聞こえます。
だからこそ、毎回新鮮な気持ちで聞くことが大切なのだと感じました。
もうひとつ印象的だったのが、木星のお話です。
木星が太陽の周りを一周するには、約12年かかるそうです。
学びも、それくらい時間をかけるものだと聞いて、すごく腑に落ちました。
日本では、12年あれば小学校から高校卒業くらいまで進みます。
それくらいの時間をかけて、ようやく育っていくものがある。
心の学びも、すぐにわかった気になるものではないのだと思います。
一回聞いて終わり。
一回理解して終わり。
そういうものではなくて、何度も聞いて、何度も忘れて、また戻ってくる。
その繰り返し。
宇宙はひとつの生命体で、人間にはエゴや煩悩がある。
動物は本能で生きています。
でも人間には、心があります。
この心をどう扱っていくのか。
そこが、日々の練習なのだと感じました。
自分の心を、少しだけ客観的に見られる瞬間があります。
「あ、今、不安になっています」
「今、緊張しています」
「また考えに飲み込まれています」
そんなふうに気づける時があります。
そういう時は、呼吸に戻ります。
今、起こっていることに意識を向けます。
すると、少しだけ心に持っていかれにくくなります。
でも、いつもできるわけではありません。
むしろ、考えに飲み込まれまくっている時間のほうが多いです。
私には、
「私は愛されていない」
という思いへの執着があります。
ふとした相手の行動で、かちんとくることがあります。
子育てでもそうです。
早く用意してほしいのに、子どもがゴロゴロしている。
こちらは急いでいるのに、なかなか動いてくれない。
そんな時、ついネチネチ言ってしまいます。
そして、あとから気づきます。
「ああ、また心に飲み込まれていました」
と。
まだまだです。
本当に、まだまだです。
でも、毎日のアシュタンガヨガの練習があるからこそ、少しずつ浄化されて練習を続けることで、ほんの少しスペースができる。
そのスペースがあるから、教えに出会える。
教えを聞いた時に、少しだけ受け取れる。
何度も聞かないと、自分の中で整理できません。
それでも、少しずつでいいのだと思います。
12年かけて木星が太陽の周りを一周するように。
私も、毎日の練習と学びを通して、少しずつ心を育てていきたいです。
