床に座る感覚:高床と地床
日本人は家で椅子に座っているけど、考えてみると奇妙だ。
日本の戸建て住宅は基本的に50cm程度の高床が設けられている。ポーチや玄関を通じて、50cm分上がって室内に入る。床の高さの違いが、外と内を分けるわけである。そこで靴を脱ぐ。
近年の住宅には畳の間がないケースも多い。床に座ることはなく、椅子で生活することになる。室内で椅子座の生活をしている分にはなんとも思わないが、地面と切り離すためにわざわざ床を50cm上げたのに、そこに座らずに、わざわざさらに座面を上げて椅子に座るのは、考えてみれば少し変だ。

以前、ジョグジャの王族の家を見せてもらった時には、訪問者を迎える広間(プンドポ)で、皆、地面に座って話を聞いた。地面といっても、路面とは区切られた屋根のある空間であり、床もタイル貼りで高さも30cm以上は上げられていただろうか。
外部の空間とは素材的にも高さ的にも区別されてはいるが、地続きの同じ地面に座ったのである。人が座る時にはゴザを敷いて座った。
床に座って食べるレセハンの伝統と同じである。
儀礼等の際の使い方はまた精査しないといけないが、ガムランの演奏も地床の上である。高床のしつらえは用いられることはない。椅子は位の高い人が座る時にだけ使われる。
一方、日常的には、椅子座が一般的である。ゆったりと腰掛ける低めの椅子である。みんなが集まるルアン・タム(居間)は椅子に座って談笑できるようになっている。
以前、ジョグジャのカウマン地区でジョグロ形式の住居にお邪魔した時は、椅子に腰掛けて話をした。椅子はオランダ統治以降に主人が特別なケースに用いるのみであったというが、現在ではそれが一般化したのであろう。
ロンボクではどうだろうか?
ロンボクでは、儀礼の際には高床がメインの場になる。家の前の地床のテラスも使われるが、サブの空間である。
9月に見にいったマウリッドの際も、西バヤンで行われたガムラン搬送の儀式や化粧の儀式は高床(ブルガ)で行われた。
日常的にも高床の空間が生活の中心である。高さ80cm程度の空間である。食事の作業や来訪者の面会などはこの高床の空間で行われる。
一方で、伝統的な住居では、室内で地面に座る習慣も若干見られる。ジャワと同じように住居内の床面は土間ではあるが、30cm以上は上げられている。そこにゴザを敷いて座るのである。
地面に座る伝統が顕著に見られるのは、年に1度のマウリッドの際の木造モスクでの儀礼においてである。
木造モスクは、ジャワのモスクと同様のタジュク形式の屋根のかたちである。この形態自体、ロンボクには類似のものを見出すことができないので、ジャワから持ち込まれたことは明らかであろう。
マウリッドは、この地にイスラームが伝えられて以降、その際建てられた木造モスクで継承されている儀礼であるが、そこではジャワから伝えられた地面に座る伝統が継承されている。
高床に座る感覚はどこから来たのであろうか。
バリの住居で用いられる高床の空間や、集落の集会所の役割を果たすバレ・バンジャールの高床の空間がヒントになると思う。
バリの住居は、土を盛り固めて作った土壇の上に壁で囲まれた空間が立ち上がっており、しばしばジャワやロンボクと同様に地床式住居とされるが、住居の内部をみると高床が生活空間になっている。
また集会のための施設も高床式の建物であり、会合の際には、床の上に大勢が集まって座る。ロンボクにあるブルガと同じ形式の小規模な屋根付き露台がバリにもあり、その柱の本数によって、サカ・ウンパット(4本柱)やサカ・ウナム(6本柱)と呼ばれる。
バリの人々は、先住民のバリ・アガと、ヒンドゥーの到来以降のバリ・マジャパイトと区別されるが、バリ・アガの住居にも上述の高床は存在するので、基層的な文化として高床居住が存在したと考えられる。
その残滓がロンボクの高床(ブルガ)である。
高床も、穀倉の高床と露台の高床とでは、その発生や伝播が違うのではないか。穀倉は、稲作の伝播とともに伝わったものだろうが、露台は自然発生的なものか、それとも何らかの文化とセットかは、もう少し検討してみる必要がある。241027
