MVをつくりました。白日の浮力について。
白日の浮力のミュージックビデオについて
冬から春へと移ろうなんともいえない季節感、気温のわずかなグラデーション。
あいまいな暖かさが一番好きかもしれません。
2023年にリリースしたアルバム、「四季のイデア、彩日のかけら」のリードトラック「白日の浮力」のMVをつくりました。
たまに構えるカメラを通じて、少しずつ映像表現に興味が出てきました。
新しい曲もたくさんあるけれど、一番リアクションのもらえたこの曲のMVをつくることが聴いてくれた方へのgiftにもなるかな、そんな気持ちもどこかでありました。いつも聴いてくださってありがとうございます。
映像はたくさんつくれるものではないから、意図/意味/エピソードも含めて共感してくれる人に届いてほしい。
そんな気持ちで筆を取っています。
今回のMVに出演してくれたのは、大学時代からの友人であり、アマチュア落語家としても活動している横山くん。吉祥寺で焼き鳥をつつきながら話しているとき、直感的に思いました。「主演がいた。」
ぼくは自分のMVに出たかったわけじゃなく、ただただMVを作ってみたかっただけなのです。
MVをつくると決めた時、最初に脳裏に浮かんだのは、
EVISBEATSと田我流のゆれる。この十年、大好きな曲で、大好きなMV。
途中に出てくる朝ごはんのシーンはなんとも言えない多幸感がありますね。
毎回このMV見るたび目玉焼きとベーコンが食べたくなる。
そのオマージュとしてパンを焼いたり、コーヒーを淹れるシーンを入れました。何気ない日常。

あとは「日常」としてのオマージュはPERFECT DAYS。
あの時間の流れ方、ほろ苦い日常とささやかな幸せは強く印象に残りました。
反面、着物や神社など、非日常のシンボルを散りばめました。


職業人である彼の姿と、人生を彩るように続けているアマチュア落語家としての活動を二つを往来する姿を撮ろうと思っていたら、
この曲に宿る「穏やかな非日常」「ハレとケの往来」が輪郭を表してきたように思います。
彼の落語は、大笑いする噺というより、人情噺が多い印象です。
印象的だったのは、ラーメン屋のおじいさんとおばあさんが、偶然出会った若者を息子として迎える話。
最近改めて聞いたとき、以前よりもずっと表情豊かになっていました。
彼の人生の中で落語が大切なものになってきたんだなぁ。
友人として寄席に見にいっていたのが、
だんだんと噺そのものの世界に引き込まれていくように。
江戸時代から400年ほどかけて受け継がれた、噺という形の非日常。
MV撮影当日
MVを撮影したのは、3月の雨が降った翌日の日曜日。
空気中のほこりが洗い流されたのか、光がとてもきれいに見えました。
晴れ男を自負するぼく。さすが持ってんじゃん。撮影にはいい日です。
(逆に言えば1日雨がずれてたら…毎回ドキドキしながら天気を見守る。)
今回のMVの裏話として最初は着物を着て練習するシーンを考えていました。私服だと噺家って伝わらないかなと思って。

でも、横山くんたっての希望で”なし”に。
「家だったら着物は着ない。」
たしかにねーーーー
でも、ドキュメントを作っているわけではないからわかりやすいショットのほうがいいかなと思っていた。映像も初めて作るもんだから、強い絵ほど頼りになるものはない。初心者なんだから、思いっきりやる。
でも、彼の気持ちも尊重したい。アマチュア落語家としての矜持。
「でも」の葛藤の末、最後の私服での落語の練習と着物を畳むシーンを交互にいれていった。
今となってはこの私服と着物の往来がむしろ「ハレとケの往来」のコンセプトを表してくれたなと。
こういう制限のようなものが思わぬクリエイティビティを運んできてくれる。
相手の心を受け入れる、自分の意図を丁寧に届ける。
制限をクリエイティビティに昇華した時にできる喜び。
"ぼく"のクリエイティブではなく、"ぼくら"のクリエイティブになる。
ともにつくる、ものづくりの醍醐味です。
代々木校の日常と何ら変わりはない。
映像中ちょこちょこ入ってくる桜の蕾。

家から外に出る、外から家に戻るメタファーで挿入してたけれど、最後のどこかに蕾がうっすらと花になるショットを入れようと思った。
実は編集自体は1日で終わっていたんだけれど、うっすらと花になる日を公開日までに来ないかなと期待していた。
公開日、3/26の午前中にうっすらとした蕾を見つけた。

持ってるねぇ。
コンセプトシート
大掛かりな作品を作るときはコンセプトシートをまとめています。
割と最初の設定資料に「ADHDの人のための音楽」と書かれていました。
全然覚えてなかったけど自分の気質を意識してたのかなぁ。

左利きのエレンの「一番幸せだった時を思い出すように」のオマージュだと思う。
注意が散漫な僕は、日々の穏やかな時間を多動ですり減らしてしまうこともあります。最近はそうした特性への理解も世の中的には少しずつ広まってきたと感じますが、それでも当人からしたらしんどいときはしんどい。
コンサータ(ADHDの治療薬)には手を出さないって決めてるけど、
シンプルに睡眠薬と漢方に頼ってる時も。自分なりの自己調整。
モノか場所か人で工夫するしかない。
この音楽と映像は穏やかな毎日の豊かさの記録であり、
心が疲れたときにこんな「麗らか」があったことを思い出すための装置でもあります。
結果的にコンセプトは、冬から春の移ろい、ハレとケの往来になっていきましたが、誰かの毎日の穏やかを記録する音楽と映像になれば幸いです。

