小説|「セレニティ模様」第32話
仏間に隣接した和室。香はその突き当り、掃き出し窓まで行くとその縁側に座る。そしてただただぼーっと外を見る。
目の前に広がる山々と青空、その手前には田んぼだけの開けた場所。絵に描いたような長閑な田園風景だ。隣家ともそれなりに距離があるから人目を気にしなくてよいところが心地よい。
「ミーン、ミンミンミンミンミンミン」蝉の一生懸命な鳴き声が聞こえる。
蝉は限りある時間を懸命に生きている。
セミさんには悪いけれど今の私は限りある時間とは思えないんだ、香は小声で言う。いつまでこのままの中学校生活が続くのだろうと途方に暮れてしまう。なにもかも終わりにしたい気持ちにもなってしまう。学校に行くだけで精いっぱいの生活。長期休暇が心の拠り所。けれどそれも来週には終わってしまう。香は夏休みが開けることに怯える。
「香~」後ろから悠の声が聞こえて振り向く。
「今日、迎え火するがら花火っこしねが」ヨシばあがバラエティパックに入った花火セットを持って縁側にやって来た。
「これこれ、せっかくだからどうかな。わたしはするよ」悠が笑う。
「花火かあ。いいね」堂々巡りしていた負の感情。ヨシばあや悠と話すと一時でも離れられる。それにヨシばあが孫のためにと花火を準備してくれていたことが嬉しくて、そのありがたみが身に沁みる。香は涙が零れ落ちそうになるのをぐっとこらえる。邪険にされているばかりの日常を送っているとどうも涙腺が脆くなる。
*
「ぱちぱちぱちぱち」木が燃える音。夏の夜に炎が静かに揺らめく。
「どれ、花火してみるが」炎が十分に燃えているのを確認するとヨシばあが花火を取りに立ちあがる。
「うん」悠と香が同時に返事をする。八重子は火の番人で炎から目を離さない。
ヨシばあが用意してくれた花火。各々すきな花火を手に取る。
そして迎え火から火をもらう。花火の白、緑、オレンジ、赤、カラフルな色合いが夜を彩る。
誰にも邪魔されない四人だけで過ごす時間。人目を気にせずはしゃげる幸せ。たのしい時間はあっという間に過ぎた。
いよいよ最後。線香花火。四人でいっせいに火を灯す。
吹きガラスしたときのような球体。オレンジと赤が混じった色。
普段は体で感じないほどの微風でもゆらゆらと揺れる。
香は持ち手を動かさないように集中する。それでも少しの振動や風で危なっかしくなる。
「ぼとっ」
「あ。落ちた」
「香が一番早かったあ」悠が香を見る。
「悠。よそ見しないで。自分のに集中して。ははっ」
「ぼとっ」
「あ。落ちた」
「ははははははははは」香と悠は一緒に笑い転げた。
ヨシばあと八重子の線香花火は揃ってまだ灯っている。周りに明かりのない夜。焚き木がぱちぱちと燃え、その横で線香花火が控えめに光る。静かで落ち着いた夜。
「あっ」悠が何かに気づく。
「ヨシばあとお母さんは風を背中で受けてるんだね」
「え?あ!私たちと反対側にいるからか」
「私たちは風をもろに受けていたね」
「なるほどぉ。風から線香花火を守っているんだ」
「なんかさ。おばあちゃんとお母さんの愛情って感じ。私たちもそうやって気づかないところでさりげなく守ってもらっているのかな。ふふ」悠が目を細める。
ヨシばあと八重子の線香花火は次第に小さくなり、ぱちぱちと小さい火花を放ち、そして儚く消えた。
今日がずっと続けばいいのに、と香は思う。
ずっとここで暮らせたら良いのに、と悠は思う。
