小説|「セレニティ模様」第14話
お日さまがだんだん沈んでいく。これから日が暮れるんだと思うとその考えで気持ちが沈む。そして暗闇が訪れると明るい内はやり過ごせることもそうはいかなくなる。気を紛らわせなくなるから寂しさや心細さ、不安、怖さがどっと押し寄せる。
完全に日が沈み代わりに夜闇が来る。
香と悠は畳に自分たちでお布団を敷く。押し入れからお布団を出すのはなかなかの重労働で二人ともふらふらしながら運ぶ。
いつもならお母さんが敷いてくれる。なんなら香と悠が横になったタイミングで毛布をかけてくれるのにな。
「香。今日はさ、お布団の周りにぬいぐるみを並べてみようよ」悠が両手にぬいぐるみを持っている。
「おお」悠だって寂しいのに。いろいろなアイディアで香を元気づけようとしてくれているのがひしひしと伝わる。悠が頑張っていると香も頑張ろうと思える。悠がいるから頑張れることが山ほどある。
「こうやって並べたらどうかな」悠が丁寧に並べていく。
「ふふっ」香も真似する。ふわふわな触り心地、かわいい顔立ち。悠とぬいぐるみを並べると安らぎを感じる。
「ぼくが一緒にいるからだいじょうぶだよ」悠が香のお気に入りのリスのぬいぐるみを持って話しかける。
「ありがとう」香は心からそう思って言葉にする。
「電気消すの嫌だね」そう言いながら悠がスイッチに向かう。
「うん。暗くなるの嫌だね。でも消しに行ってくれるのありがとう」
暗闇に目が慣れてきた。悠もうまく寝つけないようだ。お母さんがいない暮らしには慣れないまま「むいか」が過ぎた。
*
今日は待ちに待ったお母さんの退院日。
ヤマさんと一緒に総合病院に迎えに行く。
ガラス窓からお母さんの姿が見える。
すでにお母さんは退院の支度を終えて玄関近くの椅子に座っていた。外を見ている。香と悠を見つけると笑顔で手を振る。
「香、お母さんいたよ。迎えに行こう」悠は嬉しそうに駆けだした。
「うん。行こう。行こう」香も一緒に駆けだした。
お母さんがエントランス近くまで移動していて逆に二人を迎えてくれた。
「おかあさあーーーん」
「おっかさあーーーん」悠と香がほぼ同時にお母さんに飛び込む。
二人の声が重なってハモったことが可笑しくて笑いがこみあげる。
「香、おっかさんって言った?」
「うん。わたし、おっかさんって言ったよね」
「はははははははー」香と悠が笑い転げる。
「頑張ったね」本当はお母さんだって手術をして頑張ったのに子どものことを優先してくれる。いつだってそうだ。
「ヤマさん、いろいろとありがとうございました。助かりました」
「いえいえ。一度香ちゃんが八重子さんに会いたいと泣いただけで、あとはお利口さんにしていましたよ」
八重子が何とも言えない表情で香と悠を交互に見る。それからヤマさんの車に乗ってお家に向かった。
今日はお母さんと一緒に同じお家に帰れることが嬉しくて嬉しくて、それでいてとても安心した。
「お母さん、もういなくならないでね」悠が話しかける。
「ごめんね。お母さんはいなくなったりしないよ」
そのやりとりが香にとってどれほど心強かったことか。
物心ついたころからお母さんと暮らせたら十分だと思っていたのに。
それなのに中学生になった香は側にいるお母さんを傷つけてしまう。自分の中だけで抑えられない怒りが定期的に爆発する。お母さんに何を言ってもいいわけないのに。お母さんにしかぶつけられない。
トメさんとの暮らしや学校で抑圧された行き場のない気持ち。ずっと耐えていることがマグマのように溜まり、それが煮えたぎって感情が唸りをあげる。そしてお母さんを前に噴火する。
独りで耐えきれるほど強くない。
