小説|「セレニティ模様」第34話
話していた「明日」がやって来た。
あっぱれなほどの秋晴れで心なしかおてんとうさまも今日のことを応援してくれている気がする。真面目に耐えるだけではなく逃げ道というか別の選択を作ってもいいよとそっと後押ししてくれているような気がする。
そう思って空を見上げると巻雲が笑った顔をしているように見えた。
「気を付けてな。いってらっしゃい」八重子がいつも通り見送る。
「行ってきます」香と悠はいつも通りを装って出発する。
「悠、本当にいいの?」香は先頭を走る悠に声をかける。
「いいんだよ。行こうー♪」
「ははっ。行こうー♪お天気に恵まれたね」
いつもはお母さんの運転で通っている道。今日は二人でサイクリング。木々が両脇に聳え立った道を通り田んば道を通り、りんご畑を走り抜ける。
もうすぐヨシばあの家だ。学校に行く時とはまったく違う気分。いやなことから逃げたのは初めてだ。罪悪感がないといえばうそになる。けれどたまにはこうやって羽目を外すのも悪くない。
「ヨシばあの家が見えて来たよ」悠が言う。
「もう少しだあ」
*
「あらあ。香も悠もどうしたあ」ヨシばあが私たちの前にかがむ。何も言わない二人を交互に見る。
「まず家さ入れぇ」ヨシばあが香と悠それぞれの肩に手を置いて促す。
「のど乾いたべ。麦茶飲むが?」
「よいしょっと」ヨシばあも一緒に座る。
「今よ、テレビ見でらった。何が見だいのあればチャンネル変えていいど」ヨシばあがリモコンを香たちに渡す。
「よぐきたな」ヨシばあは何を聞くでもなくただただ側に居る。
「麦茶、おいしい。ありがとう」悠が目を瞑って味わう。
「ありがとう」香も目を瞑ってこの一杯の幸せを嚙みしめる。
「せばよ、二人とも来でぐれたからお昼ご飯何作ろうかな。なあ」ヨシばあが笑う。
「お母さんに二人はこさいるって言ってもいいが?」
香と悠は顔を見合わせる。
「お母さんには言ってもいっか」悠が言う。
「うん。いいよ」香も同意する。
「んだが。んだばちょっと電話してくるな。よいしょっと」よしばあが立ち上がり玄関横の黒電話へ向かう。
「悠。あのさ」香が麦茶をごくりと喉に流す。
「ん?」悠が本当にそれだけの意味でしかないように言うものだから香の心は軽くなる。
「ありがとう。誘ってくれて」
「わたしも来たかったから。香こそ提案に乗ってくれてありがとう」
二人は穏やかに笑う。そして同じタイミングで麦茶を飲み干した。
「電話してきたどお」ヨシばあがなんてことないように言う。
「お母さんもパート終わったらこっちさ来るど。夕方になるがな」
「お母さん何か言っていた?」悠が聞く。
「学校にはお母さんから連絡しておぐど。学校休みなったがらゆっくりしてれど」ヨシばあがにっこりと笑う。
「ほかに何か言っていた?」香も聞く。
「ほかは何にも言ってねがったよ。ほらほら。せっかくの休みなんだがら羽っこ伸ばせぇ」
「うん」そう言った香の目から大粒の涙がこぼれた。
「あれ。なんでか涙が出てきた」香が手の甲で涙を拭う。
「香?」悠が心配そうに見る。
ヨシばあがハンカチを持って来てそっと涙を拭く。
そうしたら香の目からもっともっと涙があふれてきた。
そしてそのまま視界がぼやけた。
鼻水もかみ過ぎて鼻先が真っ赤になる。一度溢れた涙はそうそう簡単に止まらない。
ヨシばあと悠が近くにいる。今日学校を休んだことを咎められない。安堵の気持ちが涙となって表れた。
一度でも学校を休んでしまうと事態が悪化してしまうような気がして、もう二度と学校に行けなくなるような気がして休むこともままならなかった。
お母さんに心配をかけるのも気が引けてそもそも相談すらできなかったから休むという選択肢にもならなかった。
「大丈夫。大丈夫。香も悠もよく来てけだな」ヨシばあが孫たちの背中をさする。
