小説|「セレニティ模様」第15話
「香、朝だよ」
「…」母・八重子の声。平日の朝。香は布団の中で目をぎゅっと瞑る。
マンモス中学校。荒れていると評判で、そこに異動が決まった先生の中には泣いてしまう人もいるとかいないとか。
校舎内を自転車で爆走する生徒。廊下では男子生徒たちの殴る蹴るを見ない日はない。授業中は先生に野次を飛ばしふざけることが日常だ。
「しかし松原さんちの子も不登校なんですってね」晩ご飯時トメさんが言う。トメさんは口を開けば他人のことを言いふらす。楽しい話題の一つや二つ言うようなお祖母さんなら良かったのにな。
「不登校なんてやめてちょうだいね」トメさんが日本酒を一気呑みする。
「そういえば安井さんでしたっけ。ほら仁児園に住んでる子。あの子もお父さんともお母さんとも一緒に住めないんですってね」トメさんは他所の家の話をツマミに酒を呑む。
「立川さんちは。ほら。あったかHOMEでしょ。お母さんと子どもだけでDVで逃げて来たって。家があって家族みんなで住めているなんて十分に恵まれているのよ」
そう言ってトメさんは八重子、香、悠を順番に見る。さもこれ以上望むことはないでしょとでも言いたげでその視線が鬱陶しくて香は胸焼けしそうになる。もっと大変な家庭と比べてうちは十分に恵まれていると諭したいのが見え見えだ。
しかし事実そうなのだ。この地域はいろいろな世帯が共存している。児童養護施設や母子生活支援施設などがある。どうしても社会的支援が必要だとわかりやすい。自分が想像できないような苦労があるだろうとも思う。
一方で銀行員やJR、公務員、世間から一目置かれる家庭ももちろんある。そういう家庭と比べると自分たちもひょっとしたら支援の対象になるのではという気持ちも香は拭えない。
父の和夫さんは心の病を抱えながら働いている。香と悠が幼稚園の年長組だった頃会社員を辞めた。閉鎖的な片田舎の会社の人間関係で心を壊してしまったからだ。
香にもなんとなくイメージがつくようになった。中学校のような社会がこの先も続くのかと思うとぞっとする。
和夫さんは会社勤めを辞めると運送中心の自営業に落ち着いた。今風に言えばフリーランスだろうか。
