見出し画像

小説|「セレニティ模様」第12話

いつもだったらお母さんに会えるから早く幼稚園から帰りたいのに今日の香は違う。帰ってもどうせお母さんはいない。幼稚園に居たい訳じゃないし帰りたいけど今日のお家はなんか違う。

そんな上の空のまま幼稚園が終わった。

幼稚園バスを降りるとお母さんの代わりにヤマさんが待っていた。ヤマさんはトメさんの妹だ。たしかトメさんと三つ違いだ。ヤマさんは家(うち)から歩いて五分くらいのところに住んでいる。

トメさんは家事の一切をしないしおそらくどんな状況になっても家事をする気はなさそうだ。

今日の幼稚園バスのお迎えに始まりこれから一週間ヤマさんが家政婦さんのように本格的に山川家に来る暮らしが始まる。

翌朝。香が起きると台所にヤマさんがいた。朝ご飯作りや香たちのお弁当作りをしている。

「おはようございます。朝ご飯できていますよ」ヤマさんが言う。その場所にお母さんがいないことが寂しくて受け入れがたくて何も言わずにいつもの場所に座る。悠はもうご飯を食べていた。香も黙々と食べ食べ終えると幼稚園の支度をした。いつも食後に飲む苦い喘息の薬。お母さんには駄々をこねて「飲まない」などと言うのに今日は目を目一杯瞑って流し込む。

「はい、お弁当ですよ」ヤマさんが手渡す。

「…」黙って受け取って幼稚園バッグにしまう。それをトメさんがタバコをふかしながら見ている。なんかいったらどうなのとでも言いたげだ。

ヤマさんが香と悠の手を引く。いつも通り幼稚園バスが来るところへ向かう。昨日はお母さんが真ん中にいて三人で歩いたのに。同じ道なのに全然気分が違う。一週間後にワープできたらいいのに。


幼稚園恒例の帰り際のイベント。火曜日の今日は簡単なクイズに答えておいしいお菓子をもらう日。

いつもはお母さんにも食べてほしくて香も悠も食べずに持って帰る。でも今日の香はもらってすぐに食べた。どうせ家に帰ってもお母さんはいないし。悠を見たら悠も食べていた。リスみたいに頬を膨らませて一気食いしていた。香も同じように食べていたから何も話せない。二人で目を合わせて笑った。

食べ終わった悠が香のところに来る。
「ねねね、やけ食いみたいだね」手をパタパタさせる話し方が妙に可笑しくてつい笑ってしまう。

「やけ食い。やけ食い」なぜかやけ食いという響きが気に入って香も声に出してみる。なんてことはないのに二人で笑い転げた。香は悲しみに暮れているときでも悠がいれくれたら心に灯がともる。じんわりと温かくてまるで体の芯からぽかぽかするようだ。

いいなと思ったら応援しよう!