小説|「セレニティ模様」第55話
怠け者だと思われるかもしれないが冬の間はせっかく暖まってきた体を冷やすのが嫌で動くのが億劫になることも珍しくない。重い腰をあげて雪寄せしやっと買い物に出かけたとして帰ってきた家が冷えきっていることを考えると動く前から嫌になった。
家の中ですら部屋から部屋への移動の度に冷えてエネルギーを消耗する。だから極力動きたくなかった。寒さは身にこたえ知らず知らずのうちにHPが減っているのかコタツに入れば暖かさと横になる場所との近さからつい横になってそのままうとうとと寝ることもある。動物だって冬眠するのだから人間だってこのくらい寝ていたって許されるはずだ。
けれどそういうわけにもいかない。雪国で暮らすうえで切っても切り離せない雪寄せや屋根の雪下ろし。
積ったままというのは論外で寄せたとしてその寄せ方を隣近所から品定めされるような圧迫感もある。田舎の中でも比較的隣家との距離が近い家々ではそこでいざこざもままに起こる。
やれ家(うち)のほうに雪を寄せるな、やれ家(うち)との境に屋根の雪を落としてくるな、やれブルは俺の家の前にばっかりたくさん雪を置いていく。道の真ん中に雪を払うな、雪寄せ場までちゃんと運べ。例を上げたら枚挙にいとまがない。
そんな雪国で本場の醍醐味を味わえると言えばウインタースポーツだ。けれど香がそれを楽しんでいたのはほんの数年だ。スキーウエアを着るのも手袋や帽子をかぶって重装備で外に行くのも年々億劫になった。
出かける前に家の前の道路や車の雪寄せから始まるから、とっかかりのハードルが高い。けれどここではそれは当たり前で、みんな一様に仕方のないことだと思っている。だからただひたすら耐えている。毎年訪れる大変さを改善することなく仕方のないこととして、ただただ耐えうる冬。その空気感が嫌だった。
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そういうわけで春の訪れはひときわ嬉しい。雪解けで地面が顔を出す。陽ざしがまぶしくて目を細める贅沢。お出かけするにも玄関を開けるだけで歩ける道が続いている贅沢。慎重に歩かなくていい感覚。靴の中に水が染み込まない。家に帰っても底冷えしない。フットワークが軽くなる。家の周りの雪で隣近所から評価されない解放感。
