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小説|「セレニティ模様」第29話

 香が住むエリアでの定番の修学旅行先といえば東京。そして行き先の一つといえばかの有名なネズミのテーマパーク。東京にないのに東京という冠をつけているとうネタで盛り上がる生徒たち。けれど香にとってはちっとも気にならない。
それよりもせっかく行ってみたかった場所なのに心が躍らないことのほうが深刻だ。テーマパークは東京ドーム約十一個分の広さ。かなり広いのだろうとは思うけれど東京ドームと無縁の暮らしを送る香にとってはその例えがピンとこない。
 桑原さんたちと会わなくて済むくらい広いのかどうかが問題だ。そのくらい広かったら良いのに。そしたら別の意味でも本当に夢の国なのに。
 しかし実際に訪れてみるとあの有名なテーマパークは本当に広かった。事前にパンフレットなどで見ていたものの、本当にいろいろなエリアがあるし、そのエリア一つひとつが広大なのだ。
 けれど残念なことにそんなに広いところなのに桑原さんたちのグループが向こうから歩いてくるのが見えた。
 グループの全員お揃いでねずみの女の子の耳飾りをしている。
 このままではすれ違ってしまう。香は俯いてこぶしを強く握った。何か言われても良い心構えをする。
 田舎との違いは人混みにまじってしまえばいくらかカモフラージュできることだ。広さだけではなく人がそれなりにいることも重要だ。人の間をかき分け桑原さんたちが左側に見えたので極力右側に移動する。それでもきっと限界がある、隠れた、逃げた、と思われると香はこぶしを更に強く握る。
しかしその不安は杞憂に終わった。なんと桑原さんたちは楽しむことに夢中で香のことなど眼中になかった。香は意識されずに済み、事なきを得た。
香が横目で見ると桑原さんたちはテーマパークのマップを広げあちこちのアトラクションを指さしながら進んでいった。
 これが田舎のショッピングモールだったら反対側から歩いてくる人はすれ違うまで見える。それくらい見通しがよい。それほど遠くから目をつけられているからすれ違う時には罵声の一つや二つ言われるに違いないシチュエーションだ。
 でもここは違う。そもそも通路というか道が広いし、たくさんの人に紛れて身を隠すこともできる。
 香はこんなことがあるのかと晴れやかな気分になった。夢の国ありがとうと心の中でお礼をする。
 集団でのご飯や入浴、行き帰りの新幹線はどうしても桑原さんたちと同じ場所を共有しなければならなかったけれど極力視界に入らないように努力した。それに桑原さんたちは終始楽しむことに夢中で香に突っかかってくることはほとんどなかった。日常から離れることは一役買ってくれる。田舎にもこれくらいの広さ、人がそれなりにいるテーマパークがあったらいいのにな。けれどそれは無理だ。なにせ人がこれほどいないから田舎なのだ。

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