小説|「セレニティ模様」第45話
新学期早々掃除の時間がやって来た。香にとって苦手な時間の一つだ。
掃除の時間といえば箒を持って遊ぶ男子や弱そうな男子を追いかけまわす男子、モップを持ったままおしゃべりや愚痴が止まらない女子。香にとって、いやなことが凝縮されている時間と言っても過言ではない。
机を運ぶときも誰かの邪魔にならない場所を選んで運んだり何もしないとサボっていると言われるから適度なタイミングと場所を見つけたり何かと気疲れする。
高校でも各班ごとに分かれて一週間ごとのローテーションで持ち場が変わる。香の班は廊下から始まった。出席番号順の班だから莉緒ちゃんと一緒だ。莉緒ちゃんの苗字が「山」から始まること、普段は憎い山川という苗字にも現金なもので感謝する。
「こうちゃん。一緒に行こう?」人気者の莉緒ちゃんが声をかけてくれた。
「う、うんっ」香は慣れないお誘い文句におどおどした。
「あっ。ごめんね。いきなり話かけて」莉緒ちゃんが香の肩を軽く叩く。
「あっ。ううん」
「じゃあ行こっか。って。あっ。香ちゃんの許可もらってなかった」莉緒ちゃんはかっかっかと笑った。
自然に二人並んで歩き始める。そんな日常が来るなんて思っても見なかった。
それにしても莉緒ちゃんは面倒見がよい。それから元々一緒にいた同じ中学の女子、二人に香を紹介した。それから自然とそのグループの輪に入ることができた。その輪があまりにも外との境界が曖昧でふわっと入っていけたような間隔だった。気づいたら輪の中にいた、と言ったほうが近いかもしれない。
*
そして莉緒ちゃんが紹介してくれた慶(けい)ちゃんと歩(あゆみ)ちゃん。二人もとっても良い子だった。
悪口のない平和な日々。誰かを貶めることなく誰かを落として自分を上げることがない。テレビの話とか、こういうことがあったとか、そんなたわいもない会話ができる日々。
これが日常の世界なら壊れるのがいやだ。隕石なんか振ってこないでと思うかもしれない。
*
「こうちゃん、美術室一緒に行こう?」前席の莉緒ちゃんが香のほうを振り向く。
「う…うん」長い間忘れていたひと言ひと言の言葉の連なり。慣れないがゆえにぎこちない返事になってしまうけれど香は嬉しくてしかたない。
「あれ?どうした…の?」
莉緒ちゃんは香の少しの機微に気づく。
「ううん」どう答えたものかと悩む。適当な言葉が出てこなくて、小刻みに頭を左右に振る。
「慶ちゃんと歩ちゃんは?」
「あ、二人は音楽だから。こうちゃんと二人だけってことになるけど一緒にいってもいい?」
「うん」香はとんでもなく嬉しいくせにポーカーフェイスで応える。我ながらあまのじゃくだと思う。
莉緒ちゃんと並んで廊下を歩く。
すれ違って気まずい人がいない。悪口を言われる心配がないこと、心穏やかに移動できることがこれほど快適なことだとは。
休み時間や移動時間に一緒に過ごせる心からの友達がいること。普通に心の底から笑えること。環境が大事だと気づくきっかけは高校生活とそれと同時に始まった家庭環境だ、と香は思う。
