小説|「セレニティ模様」第30話
香は自室のベッドの中に横たわっている。窓からカーテン越しに差し込む陽の光がやけに明るい。それもそのはず時計の時刻は午後一時を回ったところだ。
香は目をこすりながら思い出す。修学旅行が終わって帰ってきたのだ。昨晩は二十時くらいに睡魔がきてそれから記憶がない。自分が思ったより疲れていたことを実感する。
そして兎にも角にも修学旅行が終わったことに安堵する。もう泊りがけイベントはないと思うと幾分心が軽くなる。
そんな目覚めはいつぶりだろう。そう感じると目覚めた時と変わらないカーテン越しの陽光なのに今度は普段より和らいでいる気がする。いい天気だ、と思う余裕すら出て来た。
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とはいえそれからも相変わらず桑原さんたちからによる言葉の暴力が続いた。物を隠されたり盗られたり身体への暴力はなく親への連絡沙汰になることがないことが救いだった。それもどうかと思うけれどどうかしている精神状態ではそれが救いだった。
桑原さんたちはいろいろとターゲットを変えてはいつも誰かしらをいじめている。たいていは良くないあだ名をつけ陰口や本人にわざと聞こえるように悪口を言う。その証拠に歴代で物を隠されたのは香だけだ。どうして自分だけ物を隠されたんだろう。聞きたいけど絶対に聞けない。一生聞くことはないだろう。
桑原さんたちはもっぱら先生に見つからないように悪口を言う。だから今以上エスカレートすることはない。けれども悪口を言われるだけにとどまるという現状維持もなかなか堪える。悪口はいつも言われるからと言って決して慣れるものではない。むしろ心の傷がどんどん深く切り刻まれる。前に言われた傷をえぐられることもある。今日は何を言われるのだろうかと怯える毎日。何事もなく過ぎ去ってほしい、ただただそれだけを願った。
そうして蒸し暑い夏が来た。もうすぐ待望の夏休みだ。修学旅行が終わりほっとしたのも束の間、今ははやく夏休みになってほしいと願う。夏休みという存在のおかげでなんとか頑張れることもある。
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あれほど待ち焦がれてやっと来たと思った夏休み。それなのにはやくも半分が過ぎ去ってしまった。
お盆の今日はヨシばあの家に行く。
「そろそろ行こうか」八重子が車を玄関の前に横づけしている。
「うん」悠は荷物をまとめて玄関に座っている。香も続く。
いくつになっても香は母と悠と三人でヨシばあの家に行くのが楽しみだ。
八重子が運転する車が前進する。この家から離れられるという現実逃避。このままこの土地での学校生活もなにもかも捨てられたらいいのに。良くない思い出のほうが多いから別れを告げるほうが容易い。
香は夏の青空がすきだ。すっきりした鮮やかな青。入道雲。どこまでも続きそうな青空。
小さい頃から通っているお馴染みの坂道に差しかかる。
道路の両側に聳え立つ木々。その隙間からの木漏れ日。坂を下りた先に見える集落とコンクリート道路の両側に広がる田んぼ。その集落を過ぎて細い舗装されていない小径。その両側に広がるりんご畑。もうすぐヨシばあの家だ。
