小説|「セレニティ模様」第11話
唯一の救いは良い時間もそうではない時間も平等に刻々と進むことだ。
トメさんが箸を置いた。ゆっくりと席を立つ。
香と悠は横目で目を合わせる。悠が目を見開いていてその瞳が輝いていて、思わず香は声を立てないように笑う。香は心の中で「よし!行け。行けえ」と願う。
そのままトメさんはごちそうさまも言わず自分の部屋へ去った。おそらくタバコを吸うのだろう。酒豪でヘビースモーカーの意地悪ばあさん。そして心の調子が芳しくなくなってしまい気力がなくなってしまった息子の和夫さん。この家で頼れる大人はお母さんだけ。お母さんがいなければ生きていけない、と香は切実に思っている。
*
そんなある日。突然母・八重子が入院することとなった。
八重子は随分前から痛みを我慢していた。だから八重子にとっては突然ではないのだけれど、香と悠にとってはまさに寝耳に水だった。
入院する日の朝。
「一週間入院してくるね」八重子がしゃがんで香の左手、悠の右手をそれぞれとって目を合わせる。
「お母さん、どこが悪いの?」お母さんがいないこの家なんて考えたくもない。香は居ても立っても居られず聞く。
「治るの?」悠は心配そうに八重子を見る。
「肺にちっちゃい穴が開いちゃってね。手術してもらってくるね。治るからね」
「よいしょ。幼稚園バスが来る時間だね。行こっか」八重子が立ち上がる。
八重子を真ん中にそれぞれが手をつないでバスが来るところに歩いて向かう。
「明日からのお弁当、ヤマさんが作ってくれるからね」
「ふーん」香は考えたくもないことでいっぱいで、ぶっきらぼうな声になる。本当は心底心配しているのに。
それからもこれからの生活のことを話している内にバスが来るところに着いた。
幼稚園バスがやって来るのが見える。バスに乗ったらお母さんとお別れになる気がして手を離したくない。けれどそんな自分を他所の人たちに見られるのも恥ずかしい。
だからおとなしくバスに乗った。いつも悠と隣同士に座る。悠がさりげなく香に窓側の席を譲ってくれた。窓に貼りつくようにしてお母さんに手を振った。悠もその後ろからお母さんに手を振っている。
お母さんが香と悠を交互に見ながら手を振ってくれた。
幼稚園バスの中で香と悠は何も話さなかった。でも何を話さずとも悠が隣にいてくれることが心強かった。
