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小説|「セレニティ模様」第5話

悠はとっさの機転も利くし何でも要領よくできる。香はそんな悠が羨ましい。
 幼稚園での帰りの会。何かしらのちょっとしたおたのしみ企画がある。
今日の企画は先生に自分の誕生日を耳うちしそれが正解だったらお菓子を一つもらえる。
 香は困った。誕生日が二月だということまでは分かる。けれど日にちがうろ覚えなのだ。どうしよう、どうしよう、わからないと焦る。周りは続々と先生に耳打ちしに行く。自分だけ置いてきぼりで取り残される。残っているほうが少数派になり目立つことも嫌だった。
ふと見ると悠がお菓子をもらっている。悠と目が合うと悠が香のほうに近づいてくる。
 「ごめん。たんじょうびいつだっけ?」香が悠に聞く。
 「二月だよ」悠がなんてことのないように言う。
 「二月。うん、二月。二月の何日だっけ?」
 「んー?わからないから…二月ってこたえたよ」悠は少し首をかしげて言う。それがなにか?と言うようなニュアンスを含んでいる。
こうして無事に香も「二月」とだけ答えお菓子をもらうことができた。


またある日は敬老の日が近いということでおじいさんおばあさんの似顔絵を描いて、それぞれ持ち帰ってプレゼントするというイベントがあった。
我が家のおばあさんは正真正銘のいじわるばあさんだ。
少しでも意に沿わないことがあれば態度に出る。しょっちゅう眉をつりあげるし睨みつける。
そんなおばあさんだから遊んでもらわなくて結構だけれど、実際に遊んでもらったためしもない。足腰も丈夫で時間があるにも関わらず。
香と悠はおばあさんに心を開いていない。おじいさんは香たちが生まれる前に癌で亡くなってしまった。
だからおじいさんかおばあさんの似顔絵を描くというお題では消去法でおばあさんを描く以外の選択肢はない。
香はしぶしぶクレヨンを持った。傍目から見ても描いている姿も楽しくなさそうだったと思う。ただただ今日の課題をこなしているだけの時間だ。
帰り際、香と悠はお互いに出来上がった絵を見せ合った。
「えっ。ええええ」悠の絵を見た香は驚いて目を丸くする。
悠はトメさんを描いていなかった。母方のおばあさん・ヨシばあの似顔絵を描いていた。
一人娘のお母さんが嫁いだあと跡継ぎがなく、ヨシばあは一人暮らしだ。実家からは車で二十分くらいの距離で度々行き来している。香と悠は物心ついた頃からヨシばあには懐いていた。
「ああ。そうだあ。ヨシばあの絵描いたらよかったあああ。悔しいいい」香は体育座りしている自分の膝小僧を握りこぶしでたたく。
「そうだあああ」悠も同じように膝小僧を自分の手でたたく。
「悠はそんなに悔しがることないのにい。はははっ」
自分の気持ちに寄り添ってくれているようで自分より悔しがってくれているようで香は心が温かくなった。
真面目に考えすぎる香と臨機応変な悠を象徴するような出来事だと香は思った。

  *
夜ご飯どき。私は気乗りしないまま幼稚園で描いた似顔絵をトメさんへ手渡した。渡したいから渡したわけではない。ただの形式だ。
それをやはり形式的に受け取ったトメさんはしげしげと見て、顔をしかめ、同時に眉毛も吊り上げ、無言でその絵を茶卓の下に置いた。
香が描いたトメさんは、おでこや口元にしっかり皺が入っている。アニメや絵本の世界で見たおばあさんと言えばというイメージだったから。
しかしそれがトメさんの意に沿わなかったのだと思う。また機嫌を損ねさせてしまった、しまったと思うけれど後の祭りだ。
それぞれが黙々とご飯を食べ始める。ニュース番組のテレビの音、食器と箸がぶつかる音が静かな部屋にやけに響く。気まずいとはまさにこのことだ。居心地が悪いことこの上ない。無言の食卓が食べ終わるまで続いた。

  *
翌日は土曜日。午前中の幼稚園が終わったらお母さんが車で迎えに来てくれる。その足でヨシばあの家に遊びに行く。その特別感がワクワクする。
このワクワクの大半は今日はトメさんが居る家に帰らなくて良いからという面も大いにあると思う。それにヨシがあの家に一泊二日。嬉しくてたまらない。
「悠ー。描いてくれたヨシばあの似顔絵だけどお母さんがバッグにしまっておくね」
「うん」
 二人のなんてことのないその会話が香にとっては羨ましい。悠がそれを渡した時のヨシばあの温かい笑顔まで容易に想像できる。昨日の食卓での記憶が思い出され、香は心がざわつく。そして風が強まり波風が立つように心が荒々しくなる。
「やっぱり私もヨシばあの似顔絵を描けば良かったなあ」つい香が口をつく。
「一緒に渡そうよ。香もこの絵に何か描きたしていいよ」悠が絵を広げる。
「後で付け足していいからね。どこにでも思ったように描いてよ」悠が笑う。
「え。悠が一生懸命完成させたのに。いいの?」悠の温かさに心が落ち着く。
「もちろんだよ。ヨシばあも二人からもらうほうが嬉しいよ」
「うん。ありがとう」さっきまでの羨ましい気持ちが波のように引く。代わりに悠の優しさや思いやりに包まれる。

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